ディアーナは戸惑っていた。
目の前にいる高官は、ディアーナがダリスヘ嫁いできた時から媚を売っている男だった。
しかし、その媚には小国の姫君へ対する、軽んじた調子が隠しきれなかった。
そんな高官は、アルムの落胤と言う少年と妙齢の美女をディアーナに出会わせた。
「お願い致します、王妃様。どうか息子が死ぬ前に逢わせて下さい、助けてください」
そう言う妙齢の美女が連れている少年は、アルムの幼少期に似ている容貌をしていた。
その少年を冒している病の様に、その姿も偽装はしていないとディアーナは思った。
「……この息子さんには魔法がかかっている訳ではないのですわね?」
「勿論で御座います王妃様。私もはじめは不審に思って調べさせたのですが、髪と瞳の色以外は陛下の幼少期とお変わりがありません」
と言うのは、ディアーナにこの親子を紹介したダリスの高官だった。
高官にはいつもの様に胡散臭い印象を受けたが、目の前の親子には真実味があり過ぎた。
その違和感が、ディアーナに不信感も抱かせていた。
「……それはわたくしにもわかりますわ」
「……王妃様?」
そう高官は不審げに問いかけるが、ディアーナはあえて無視をした。
「この女性と息子さんを逢わせる事に協力しますわ。でも交換条件がありますの」
「……信じて頂けるのですか?」
「……わたくしがクラインへ帰れるように協力して頂きますわ」
そうディアーナが言った時、妙齢の美女が満面の笑みで感謝の言葉を口にした。
「有り難う御座います、王妃様!」
と、喜ぶ妙齢の美女とは対称的に、高官はニヤリと言った笑みを添えて応えた。
「すぐにクラインへ戻れるように致します」
ろいやる・とらぶる 第1話
「……と言うわけなんですの、お兄様!」
と、ディアーナはアルムに隠し子の疑惑が出た事をあからさまに話した。
そんなディアーナに対して、兄であるセイルは落ち着くように応えた。
「……ディアーナ、もう少し落ち着いて話なさい」
「落ち着いてなんて……」
そうディアーナは、セイルの言葉を聞かなかったように興奮した様子で応えようとした。
なので、近くに控えていた唯一家臣であるシオンが口を挟んだ。
「よーするに、姫さんが一途に思っていた間、ダリスの陛下が他の女といちゃついて子供までつくっていた事が気に入らないんだろ」
「「シオン!」」
ディアーナの怒りに火を注ぐかの如き発言を、クライン王家の兄妹は咎めた。
しかし、セイルの親友でもあるシオンは変わらずに、いつもの調子で応えた。
「実家の王宮に出戻ってる以上に、外聞がヤバイ事なんてないだろ?」
そう言われたディアーナは、あくまでも反論をした。
「……でも、悪いのはアルムですわ!」
「確かに、私の大事な妹姫を妻にしたというのに、その所業は許せないな」
「そうですわよね、お兄様!」
セイルの同意を得られたディアーナは勢いづいたが、シオンの態度は変わらなかった。
「姫さんと再会して、結婚した後でなら国家問題にしてもいいが、8年以上は昔の事なんだろ?」
「だから、出戻ってきましたのよ!」
当然とでも言うように、ディアーナはシオンにそう告げた。
するとシオンはいつもの軽薄な仮面から真剣な表情で問い返した。
「……俺に裏付け調査をすれって言うのか?」
「クライン国第二王女の命令ですわ」
「もう姫さんはダリスの王妃だろ。ダリスの事はダリスで解決してくれ」
「こういう事で信頼が出来る人物は、シオン以上にいませんもの」
と言うディアーナに対して、今回もセイルは同調した。
「確かにシオンほど上手く女性から聞き出せる者はいないな」
「……俺を何者だと思っているワケ?」
そうシオンが問い返すと、ディアーナとセイルはニッコリと笑った。
セイルの特技だったロイヤルスマイルを兄妹で見せられたシオンは白旗を上げた。
「へーへーわかりました。でも、真相がわかったら帰ってくれよ」
「それは真相次第ですわ」
「そうだね、それが第一だ」
と言うセイルのシスコンは、ディアーナの婚姻も、自身の即位も関係なかったようだ。
そんなディアーナによる台風の被害が予測できないシオンは、深い溜め息を吐いた。
一方の当事者であるアルムは、自らディアーナを迎えにクラインまで来ていた。
しかし、ディアーナがダリスへ強制送還されていない状況から正攻法は無駄だと思った。
なので、ダリス奪還の際に頼りにしたシルフィスに助けを求めようとした。
しかし、シルフィスの夫であり、ラボを経営しているキールは助けを拒否した。
「申し訳ありません。キールが頑固で……」
と、シルフィスはラボから大通りへ向かう道の途中で、申し訳なさそうに弁解した。
しかし、キールの事もダリス奪還の際に知ったアルムは軽く応えた。
「いや、滞在の許可だけでも有り難いよ。彼の想いが分からない朴念仁でもないからね」
「え?」
と、問いを返すシルフィスの天然さは、このような状況のアルムに笑みを浮かべさせた。
「あ、あの、わたしは変な事を言ったのでしょうか?」
「いや、彼の苦労が手に取るようにわかったのでね」
「苦労?」
再び問い返すシルフィスに対して、アルムはやはり笑みを隠せなかった。
その時、そんな二人に対して声を掛ける者がいた。
「あー! またキールの機嫌を損ねるようなコトしてんのかよ」
「機嫌?」
再び疑問を返すシルフィスとは対照的に、アルムは気軽に答えた。
「君の名は……確かガゼルだったかな?」
「そうだけど、名前を聞くなら自分から名乗れよな」
アルムの正体に気づいていないガゼルは、いつもの調子で問い返した。
「そうだね。でも今はディアーナの夫としか名乗れないんだ」
「ディアーナの夫って……えーー!」
と、ガゼルが大通りの中で大声を上げた為、多くの人の目を集めてしまった。
これ以上の騒ぎを収める為に、シルフィスはガゼルの口を両手で塞いだ。
「ガゼル!」
自身の受けた衝撃を抑えきれないガゼルを抑え込んだシルフィスは裏路地へと移った。
「申し訳ありません」
「いや、彼の反応も当然だよ。気にしないでくれ」
と、アルムは周囲を警戒しながらも気さくに答えた。
なので、ガゼルはいつもの口調を改めずにアルムへ問い掛けた。
「……何で旦那が嫁の国にいるんだよ?」
「愛妻が誤解して実家に戻ってしまったんだよ」
気軽な答えだが、重みのある答えだと思ったガゼルは、真剣な表情で応えた。
「……なんか問題があるみたいだな。詳しい事は俺の部屋で聞くよ」
そう言われたシルフィスは素直な喜びを示した。
「うん。ガゼルにも協力してもらえるなら助かる」
「ああ、僕もそう願いたい」
と、アルムにまでそう言われたガゼルは得意げな表情で応えた。
「へへへへ。俺に任せてくれれば大丈夫!」
「あ、隊長の日程はわかる?」
そうシルフィスに聞かれたガゼルは少しだけ思い出しながら答えた。
「……今日は午前中の新人訓練だけだから、今は部屋にいると思うけど?」
「じゃあ、隊長を訪ねよう。ガゼルだけじゃなく隊長にも事情を知ってもらいたいんだ」
「隊長にも話を通すのか?」
と、ガゼルに問い掛けられたシルフィスは少し顔を曇らせながら答えた。
「うん。キールが王宮との連絡を取ってくれないから」
「……それは仕方ねぇだろ。でも、隊長なら請け負ってくれるさ」
そうガゼルに言われたシルフィスはいつもの笑顔で応えた。
「そうだと良いね」
数日後、レオニスの協力によって、ディアーナとのお茶会を開く事が出来た。
そこでシルフィスはディアーナに直接ダリスヘ戻る事を勧めた。
しかし、ディアーナの態度は軟化するどころか、硬化してしまった。
「いくらシルフィスの頼みでも聞けませんわ!」
「ですが……」
「メイだってそう思うでしょう?」
珍しく、二人の言い合いに口を挟まなかったメイは、一息を吐いてから答えた。
「……あたしは実家に帰りたくても戻れないし、頼れるのはシオンだけだから」
そうメイが答えたので、シルフィスとディアーナは大声で否定した。
「そんな!」
「そうですわ! わたくしだってメイの為ならどんな事でもしますわ」
「ありがと。二人の気持ちはもらっておく」
あくまでも冷静に二人に応えるメイに対して、二人は熱く応えた。
「気持ちだけでなく、もっと頼ってくださいな」
「そうですよ、わたしも頼りないかもしれませんが、助力は惜しみません」
「でも今回は、どっちの敵にもならないし、味方にもならないから」
と、メイが告げた時、シルフィスは意図が、ディアーナは意味が、わからなかった。
「どういう意味ですの?」
「あたしは中立だってコト」
「中立……ですか?」
と言う、メイの意図が読めないシルフィスは、ディアーナと同じ様に問いを返した。
「あたしはシルフィスの様に帰れとも言わないし、ディアーナの意見にも賛成しないから」
「メイはわたくしの味方にはなってくれませんの?」
見開いた大きな目を、悲しげに揺らしたディアーナに対しても、メイは冷静に応えた。
「そうだね。でも、シルフィス達の味方にもなるつもりはないよ」
「……それはシオン様の為ですか?」
あくまでもシルフィスはメイの意図を探ろうとした。
ディアーナの強硬な態度から、シルフィスは自力では説得できないと思ったのだ。
なので、メイを味方につけようと考えた為にも、意図が知りたいと思った。
「それはノーコメント。まあ、あいつなら、あたしを駒にするだろうけど」
「愛妻を駒にするなんて……そんな事をしたら、シオンにはお仕置きですわ!」
と、ディアーナは怒りに燃える応えを返した。
そして、シルフィスは先程より冷静かつ温かな応えを返した。
「シオン様は幸せ者ですね」
「なーに言ってんの。二人だって素敵な旦那様がいるじゃない」
「そ、それは……」
そう照れるシルフィスに対して、ディアーナは更に怒りを増した答えを返した。
「メイ、今のわたくしには禁句でしてよ?」
「確かに、ディアーナが聞いた事が真実なら、ね」
「メイは違うと思っているんですの?」
そう問い掛けるディアーナに対して、メイは紅茶を飲みながら淡々と応えた。
「あたしは何も真実を知らないから」
「まあ、わたくしが嘘をついているとでも?」
「……ディアーナの言葉が真実なら、王様自らディアーナを迎えには来ないでしょ?」
と、メイが問い返した時、ディアーナは隠しきれない喜びを顔に浮かべた。
「え?」
「メイ、知っていたんですか?」
「シオンへの報告はキールからあったからね」
淡々と応えるメイとは対照的に、ディアーナは感情の赴くままに断言した。
「……いくらアルムが来ても、ダリスには戻りませんわ」
そう言われたシルフィスは、変えないでと言われた呼び名で問い掛けた。
「姫……」
「帰らないったら帰りませんわ!」
と、ディアーナは考えを改めるどころか、硬化させた。
そんなディアーナの態度はシルフィスに落胆を与えた。
そして、メイはいつもと違う感情が読めない表情のまま、淡々と紅茶を飲んでいた。