土方は終始不機嫌だった。
それは、学園の保険医である山南から、保健室の留守を頼まれた所為ではない。
否、この時期に山南から頼まれる、という意味を考えるが故に不機嫌だった。
だが、千鶴に関しては仕上げを待つだけで、他には山南が企む様な事は無いと思っている。
それでも、土方の勘が危機であると知らせるが故に、不機嫌になっていた。
しかし、土方は千鶴の『強さ』と自身の勘の正しさを再確認させられた。
そう。それは昔と変わらぬ千鶴の叫びから、土方は気づかされてしまった。
「いい加減にしてください!」
そう千鶴に叫ばれた土方は、場所が保健室である事も、自身が教師である事も忘れた。
否、常は学生らしく控えめな千鶴が、保健室へ駆け込んできた異常にも気づかなかった。
ただ、昔と変わらぬ叫び故に、土方は夢での記憶と違わぬ感覚を追体験していると思った。
そして、その様に戸惑っている土方に気付かない千鶴は、ただ自身の想いを叫んだ。
「『土方さん』はいつもそうです! ひとりで苦労を背負いこんで、自分ばかりが辛い思いをして……」
という千鶴の心からの叫びが、昔と変わらぬが故に、土方も昔から変わらぬ思いを叫んだ。
「それが俺の性分なんだよ!」
そう土方に叫ばれた千鶴は、怯える事も委縮する事も無く、ただ目を見開いた。
それは驚きではなく、土方と同じ様に千鶴も過去の記憶と違わぬ追体験に戸惑っていた。
そして、ただ昔から変わらぬ思いを主張する土方も、千鶴の戸惑いに気付かなかった。
「俺が何とかできる問題なら、俺が苦労すればいいじゃねぇか!」
「見ている者の気持ちも少しくらい考えてください!」
「……」
「そんな土方さんだから、少しでも傍で支えたいんです! そう思わずにはいられないんです!」
互いに昔の記憶と違わぬ追体験に戸惑っても、互いの主張は譲らなかった。
否、昔から互いに譲れない主張があったからこそ、全てを凌駕する勢いで主張していた。
それ故に、土方は全てを受け入れる様に、ただ主張する事を諦めた。
「……参ったな」
といった土方は、千鶴に対して降参する様な言葉を告げながら互いの距離を縮めた。
「……姉貴に言われている様なおまえの言葉は、逆らい辛いんだよ。いう事を聞かなきゃならん気がしてくる」
そう土方に言われた千鶴は、互いの距離が近づいたと思ったと同時に抱きしめられた。
その様な土方の強すぎる抱擁に驚いた千鶴はただ目を見開いた。
そして、抱きしめられる感覚が、追体験以上のリアルさが、千鶴をただ硬直させた。
だが、その様にただ抱きしめられている千鶴に苦笑いながらも土方は静かに告げた。
「おまえが俺の傍にいる様になってから、いくつかわかったことがある」
「……」
「俺は……おまえに支えられていたんだ、と」
「!」
「おまえが俺の傍にいると、ひとりで立つ事も苦しくなくなる……きっと、おまえの存在に救われていたんだ、今も」
と土方が静かでも力強い口調で、千鶴への想いを認め、受け入れる事を言葉にした。
と同時に、昔から千鶴との関係を憂いていた同志だった者達の配慮にも感謝した。
そして、その様な土方の想いを理解した千鶴は、泣きながらもまっすぐな視線を返した。
その様な千鶴に対する愛おしさを隠さない土方は、深い想いを込めた視線でただ問うた。
「……千鶴。俺は、『土方先生』は『先生』だと思うか?」
そう土方に静かに問われた千鶴は、ただ同意する様に涙を流しながらも微笑んだ。
だが、千鶴から言葉で肯定して欲しかった土方は、再び思いを吐露するように問うた。
「先に生きる者として、導く者として、俺は『生きている』と思うか?」
「……はい」
「おまえに肯定されると気が楽になる」
と土方が答える様に、千鶴に肯定された所為か、千鶴を抱きしめる土方の力が緩んだ。
だが、それでも千鶴を抱きしめる土方の力は強かったが、あえて千鶴は土方に身を委ねた。
そして、昔から変わらぬ土方への想いと願いだけを千鶴は言葉にした。
「つらい事も、苦しい事も、これからは私にも分けてください。私が土方さんの支えになれるなら、ひとりで抱え込まずに、頼ってください」
「ああ……傍に居てくれ」
土方と千鶴が想いを認め合い、互いの主張も受け入れてから初めてむかえた桜の季節。
土方と千鶴は新選組の面々と昔から関わりが深かった者達と花見をしていた。
また、彼らとの宴会が楽しくも、千鶴との時間が欲しかった土方は二人で抜け出した。
「……本当にすまねぇな、千鶴」
そう土方は、そっと花見の席から連れ出した千鶴に声をかけた。
すると、千鶴は少女とは思えぬ艶やかな笑みで、土方へと答えた。
「いいえ、こういった場で皆さんにお礼を言えて、受けた恩を少しでも返せる事が出来て、とても嬉しいです」
「確かにあいつらとの花見も例年行事にする程度には嫌じゃねぇが……二人での花見をしたかったぜ、俺は」
「そうですね……歳三さんとでしたら、夜桜見物もしてみたいです」
という千鶴の言動は、昔の記憶がある所為か、少女というよりも女だと土方は思った。
それ故に、土方は共に過ごすようになった昔と同じ様な気安さで千鶴に触れた。
「それは誘っているのか、千鶴?」
「……そう思って頂いても構いませんが、養父や薫の方針で、現世では夜桜は見物した事が無かったんです。だから、歳三さんとなら出来るかな、と思ったんです」
「そうか……まあ、結婚すればいくらでも二人で過ごせるからな。楽しみにしてろ」
そう千鶴に告げる土方の笑みは艶やかで、視線は優しさと愛しさに満ちていた。
その様な土方に対し、千鶴は気負う事も照れる事も無く、ただ微笑みながら問い返した。
「夜桜見物を、ですか?」
「それだけで済ませる程の甲斐性無しじゃねぇぞ、俺は」
「そうですね……楽しみにしています、歳三さん」
という千鶴の言動も昔から変わらぬが故に、土方は再び気安い態度で抱き寄せた。
いや、気安さを装う事で、土方が千鶴を抱き寄せる口実にしていると互いに気付いていた。
それ故に、千鶴は土方にただ身を委ね、土方も力強く千鶴を抱きしめてから答えた。
「おう、任せておけ」
とりあえず「志と恋心」は今回が最終話となります。
最後までお付き合い頂き、有り難うございました!
また、恋人(婚約者?)となった二人の後日談をスパコミ用の新刊として書きました。
本編同様、ひじちづが前提のオールキャラで、近藤さんの天然爆弾発言をきっかけに、千鶴嬢が土方さんにせまるコメディ系な小話です。
そして、上記の同人誌を含むスパコミの新刊の詳細と、予約と取り置きの方法は、4月1日頃にサイトでUPします。
また、本文サンプルはピクシブにUPをする予定です。
そして、次に更新予定の斉藤編はスパコミの直参と、その後に予定している期間限定の通販が終了次第、書きはじめる予定です。
なので、早くとも連載の開始時期は7月になると思われます。