全校生徒へ配布する冊子の製本作業をする土方の手伝いを千鶴と薫と斉藤がしていた。
正確に言えば、教師陣の手伝いを積極的にする千鶴の誘いで、薫と斉藤も手伝った。
そして、その様な千鶴の意図に気付きながらも、土方はあえて手伝いを受け入れた。
「雪村、すまねぇが教員室から予備のコピー用紙を一つ持ってきてくれ」
「はい、わかりました」
そう土方に答えた千鶴は、少しだけ急ぐ様な小走りで教員室へと向かった。
そして、千鶴の足音も気配もなくなった後、土方は斉藤に視線を向けた。
「……すまねぇな、斉藤」
「俺はただ土方さんと千鶴を思ったが故に受けただけです」
と斉藤に答えられた土方は、あえて昔の様にただ視線だけ感謝をした。
その様なやりとりを見せられた薫は、あえて無粋ともいえる刺々しい口調で問い掛けた。
「俺にいう言葉でもあるんじゃないんですか、土方先生?」
「いや、おまえには感謝の言葉だな、南雲薫」
「……」
「現世では千鶴を守る事を選択してくれたのだろう?」
そう土方から穏やかでも強い意志を秘めた視線を向けられた薫は否定も肯定もなかった。
ただ、薫自身の譲れないと思いと、過去での後悔を含む強い意志だけを言葉にした。
「ふん。おまえに言われなくても俺は千鶴を守り続けるよ」
「そうだな。その為に山南さんが流した噂に協力しているんだろ」
「……我々の手札も全て把握済みですか?」
と斉藤は土方の昔から変わらぬ情報収集力に感服しながらも、冷静に確認をした。
そして、その様な斉藤の昔から変わらぬ冷静な態度と忠誠心に対して土方は苦笑った。
「いや、俺は校内の風紀を乱さない為に『雪村千鶴に近づくなら斉藤一と南雲薫を倒せ』という噂を流して実行している事を密かに評価しただけだ」
そう土方が斉藤達の行動と企みをそう評価すると、薫は意味深で不穏当な声音で呟いた。
「……風紀を乱さない、ね」
「近藤さんが何を考えてるかはわからねぇが、雪村千鶴という女生徒の存在は薄桜学園に悪影響しかねぇからな。だから、教頭としては良策が有れば助力はおしまねぇ」
と土方が断言した時、作業をしている室内の出入り口で戸惑う千鶴の気配を薫は察した。
また、薫が千鶴の気配に気付く前から察していた土方はあえて厳しい口調で断言をした。
そして、その様な土方の思惑を理解した薫も、出入り口の扉に近寄ると千鶴に断言をした。
「……千鶴、やっぱりこんな男は認められない」
「……薫」
「千鶴の想いを知って、健気に慕うおまえの事を、こいつは邪魔だと断言するんだぞ!」
そう薫は、ただ哀しげに淡く笑う千鶴を思い、土方の態度を断罪する様に叫んだ。
しかし、土方の態度は鬼のような厳しい表情となるだけだった。
そして、三者の『おもい』に気付いている斉藤は、ただ冷静な状況判断を言葉にした。
「……土方先生。そろそろ生徒の帰宅時間なので、作業の途中で帰ってもよろしいでしょうか?」
という斉藤の冷静かつ生徒として的確な言動であったが故に、土方も教師として答えた。
「ああ。すまねぇな、斉藤」
「斉藤! おまえは誰の味方なんだよ!!」
と薫は、冷静な斉藤の言動に対し、共に千鶴を守っていると思うが故に酷く苛立った。
だが、斉藤は言動を改める事なく帰宅準備をし、千鶴も同意する様に帰宅準備をした。
そして、苛立ちを隠そうとしない薫に対し、千鶴は柔らかな笑みを浮かべて帰宅を促した。
「薫、帰ろう?」
「……千鶴?」
「私の事は気にしないで、薫。私が好きで『先生』の手伝いをしているだけだし、斉藤先輩は風紀委員だから問題がある私を積極的にフォローしてもらっているんだから……感謝しなきゃ」
そう薫に話す千鶴の表情は悲しげだったが悲愴ではなかった。
むしろ、その様な表情を見せられた薫の方が悲愴感に満ちていた。
そして、薫と千鶴の言動に対し、土方はただ眉間に深くしわを寄せた表情のままだった。
それ故に、斉藤と千鶴は淡々と帰宅準備を終えると、ただ土方に帰宅の挨拶をした。
「では、お先に失礼します」
「今日も遅い、自宅まで送ろう」
と、斉藤は帰宅の準備と挨拶を終えた千鶴に対し、短くも色々な配慮を含む提案をした。
また、千鶴も斉藤達の好意を素直に受け入れ、ただその思いに対する感謝を言葉にした。
「……有り難うございます、斉藤先輩」
「では、俺も先に失礼します。南雲、早めに終えろ」
そう斉藤に声をかけられた薫はあえて答えず、ただ表情を険しくした。
そして、斉藤と千鶴を見送った土方は、眉間にしわを寄せたままの厳しい表情で答えた。
「おう。気をつけて帰れよ」
「……」
「で、何が言いたんだ、南雲?」
と薫に声をかけた土方は、あえて帰宅準備をしない理由と意図に気付いて声をかけた。
すると薫は単刀直入かつ真剣に土方の想いを確認した。
「……お前も千鶴が好きなんだろ?」
「……愛しているという言葉の方があってるな」
「なら……!」
「だが、俺は現世でも千鶴だけを選べねぇ」
そう土方が断言すると、薫はただ驚きから目を見開き、その言葉の真意を探ろうとした。
だが、思いを隠す気はない土方は、ただ今だけは許されたと思う想いを淡々と言葉にした。
「俺みたいな男に惚れられたうえに縛られるのは……幸せなんかじゃねぇだろ」
「……本当に最低だな、おまえは!」
「ああ。わかっている」
という土方の淡々とした同意は、ただ悪戯に薫を更に苛立たせるだけだった。
「わかっているからこそ最低なんだ!」
土方の元に残った薫を校門で待つ間、人気が無いが故に斉藤は千鶴の名を口にした。
「……千鶴」
「斉藤……さん?」
そう千鶴が、斉藤の意図を確認しようとする前に、斉藤が千鶴の想いを確認した。
「本当に土方さんが唯一なのか?」
「はい。私が全てを捧げたい人は今も昔も変わりません」
「なら、構わない。その志と想いをあきらめる必要もないし、我々も助力は惜しまん」
という斉藤の言葉と思いに対し、千鶴は昔と変わらぬ口調でただ感謝した。
「有り難うございます、斉藤さん」
「気にするな。『昔』はおまえに託す事しか出来なかったが故に、俺達が勝手に返しているだけだからな」
「いいえ、その事だけではありません」
そう千鶴が艶やかで芯の強さを感じさせる年不相応な笑みに、斉藤はただ目を見開いた。
そして、その様な驚きを見せる斉藤に対し、千鶴はあえてその笑みを保ったまま感謝した。
「現世でも私を守るに値する存在だと認めてくださった事にも感謝しているんです」
「千鶴……」
「今度は機会もください、皆さんに感謝を伝えられる機会を」
と千鶴が思いを伝えると、斉藤も昔を思わせる年不相応な淡々とした笑みで答えた。
「ああ、そうだな。皆も喜ぶ」
……今回も土方×千鶴の連載なのに、甘くない展開で済みません!
しかも、次回は千鶴嬢の出番がなかったり……(遠い目)
ですが、ストーリーの基軸は『ひじちづ』ですので、
甘くなるであろう最終話までお付き合い頂ければ、と。