「俺は絶対に認めないからな!」
と叫ぶ南雲薫は入学して間もなかったが、学内でも知らぬ者がいない有名人となった。
だが、風紀委員の薫が、教頭でもある教師の土方へ、怒りを向けている姿は異様だった。
それ故に、その様な状況になった理由や原因もわからない生徒達はただ避けていた。
そして、その様な薫に対して土方は聞き流しつつも『先生』として問い返した。
「……南雲、風紀委員が先生に敬語を使わなくてもいいのか?」
「今のおまえは先生と呼ばれるに足る存在じゃない!」
「南雲、公衆の面前で教頭を非難する気か?」
そう原田はお節介だとわかりつつも、あえて状況を収束させようとした。
しかし、新選組幹部達のお節介にも気付いている薫はその好意を拒絶した。
「……胡散臭い保険医に加担しているあんたも同罪だ!」
「南雲……」
と土方が薫に答えようとした時、薫以上に有名で問題の原因である雪村千鶴が現れた。
「薫!」
そう千鶴に名を呼ばれた薫は刺々しかった張り詰めた態度を和らげた。
そして、その変化に対し、土方は得心したように納得したが原田は驚いた。
また、薫に声をかけた千鶴は、土方と原田に一礼をしてから、ただ本題を告げた。
「斉藤先輩が薫の事を探していたよ。早く戻って欲しいって」
という千鶴の言葉は、薫にも想定内であったが緊急事態である事も察した。
それ故に、薫は土方への思いを再び内におさめると、ただ千鶴の言葉を受け入れた。
「……わかったよ。可愛い妹のお願いは聞くよ、今は」
「……」
「それでは、土方先生に原田先生。今後も『先生』らしい言動をお願いします」
そう薫は、千鶴との会話に対して無言だった土方と原田への嫌味を隠さなかった。
その様な態度で薫が振り返った事に対し、千鶴は非難する様にただ名を叫んだ。
「薫!」
「で、千鶴。斉藤はどこに居るんだ?」
という薫の言動は千鶴の叫びも無視していたが、いつも変わらなかった。
そして、その様な薫の言動を理解していた千鶴は、ただ緊急事態の回避を優先した。
「裏庭だって平助君が言ってた」
「ふーん。斉藤でも手に余る事態になってるのか。じゃあ、これから俺は裏庭に行くから、千鶴は平助と一緒に自宅に帰れ。そして、間違ってもそこに居る男は頼るな」
「薫!」
そう千鶴は、薫の言動を再び咎める様に名を叫んだ。
しかし、薫はそれを聞き流す様に、仮面的な優等生らしい態度で立ち去った。
「それでは失礼します、土方先生に原田先生」
「……薫が色々とすみませんでした」
と千鶴は薫の言動をただ謝罪する様に頭を下げた。
しかし、薫の思いと悪意が無い事は理解している原田はただ千鶴の頭を撫でた。
「おまえだけの所為じゃないから気にするな、雪村」
そう原田に頭を撫でられつつ答えられた千鶴は、ただその好意を受け入れた。
「……わかりました。では、私も失礼します」
「ああ、今日は雨が降りそうだから、気をつけろよ?」
「はい。有り難うございます」
と原田に答えた千鶴は、意味深な視線を土方に向けると、再び一礼をしてから立ち去った。
そして、周囲からも人の気配がなくなった時、原田は土方へと端的な問い掛けをした。
「……で、本当に今のままでいいのか?」
「……あいつの『幸せ』を願う事を止める気か?」
「俺達は、土方さんと千鶴の幸せを叶えたいだけだぜ?」
そう原田に問い返された土方は、ただ正直で素直な思いを吐露した。
「現世では、『普通の幸せ』を手に入れて欲しんだ」
「……なら、俺達も足掻くぜ、土方さん」
「原田?」
「土方さんが譲れないと思うように、俺達も譲れない思いがある。ただそれだけだ」
という原田の思い、否、決意表明を聞いた土方は、それを否定も肯定もしなかった。
「……勝手にしろ」
「ああ。俺達は今も昔も勝手にしてるぜ?」
そう原田に問い返された土方は少しだけ瞳を見開いた。
いや、あまりにも原田達が昔から変わらぬが故に、土方は驚きと戸惑いがあった。
また、その様な土方に対し、原田は昔から変わらぬ思いとそれゆえの願いを言葉にした。
「俺達も土方さんの思いがわからねぇ程には野暮じゃねぇが、千鶴との幸せは俺達の願いでもあるんだ」
という原田の言葉を聞いた土方は、小さくも強い意志を込めた声で呟いた。
「……覚悟を決める時も近い、か」
「え?」
そう原田は聞き取れなかった土方の言葉を聞き返そうとしたが、話を切り替えられた。
「いや、なんでもねぇよ。そろそろ明日の授業のミニテストの準備を再開する時間だろ?」
という土方のあからさまな切り替え方に驚きつつも、原田はその切り替えを受け入れた。
この場ではこれ以上の会話を重ねても進展がないと思ったが故に。
「……そうだな。土方さんも教頭の仕事があるか」
「ああ。それじゃあな、原田」
そう原田に告げた土方は校長室へ向かう為に背を向けた。
その背を見た原田は、土方が現世でも余計に背負っている事を察したが故に忠告した。
「ああ。土方さんも程々に、な」
と原田に告げられた土方は言葉で答える事無く、ただ片手をあげてから立ち去った。
……土方先生と千鶴嬢の会話も甘くなくてすみません!
この連載で土方先生と千鶴嬢の甘い展開は終盤となりますが、
甘さが控えめな恋愛模様とオールキャラな絡みを楽しんで頂ければ、と。