誘惑~独占したい!~文若編

孟徳と元譲が休憩していた場に居合わせた花は、文若には秘密の相談があると告げた。

しかし、花は相談内容を言葉にする事を躊躇っていた。

なので、孟徳はありえないが故に否定や本題を口にしやすくなる問いを軽く口にした。

「もしかして、文若が浮気した、とか?」

「孟徳!」

そう反論した元譲に対し、孟徳は『丞相』らしい反論を許さない口調で問い返した。

「だって、花ちゃんが俺たち2人に相談なんて緊急事態だろ?」

「文若はおまえとは違う」

「それは……」

と孟徳が文若の浮気の有無を争点にしそうになった為、花は遮る様に相談内容を叫んだ。

「文若さんの浮気じゃなくて、独占欲についてお聞きしたいんです!」

「へぇ……」

そう孟徳は『おもちゃ』を見つけた楽しさを隠す事なく悪意のある笑みを見せた。

そして、その様な孟徳の思いを察した元譲は大きな溜め息と共に花に確認をした。

「花、その相談は孟徳も必要なのか?」

「え?」

「……色恋沙汰なら孟徳は得意だろうが、もれなく文若が遊ばれるぞ」

と言われた花は、孟徳の笑みと元譲の言葉の意味も察する事が出来ずにただ首を傾げた。

孟徳はその様な花を可愛いなと思い、元譲にはあえて言葉の意味を確認した。

「本当におまえは俺の部下か、元譲?」

「……で、文若の何が知りたいんだ?」

そう花に問い返した元譲は、あえて孟徳には答えなかった。

そして、それも予想していた孟徳は、あえて元譲を問い詰めず、花の言葉の続きを待った。

「……実は、文若さんが執務よりも……夜の生活を優先されるようになったんです」

という花が告げた内容は、孟徳と元譲の思考を止めるだけの威力に満ちていた。

しかし、孟徳は告げられた内容に驚きつつも、言葉を失った元譲より回復が早かった。

「へぇ、あの石頭も情を理解する事が出来るようになったのか」

「……花、文若の仕事は滞っていないし、孟徳の様に放棄したという報告は受けていないが?」

「あ、いえ、一緒に過ごした翌朝は私に仕事を休むように、って言われるんです……実際、起きるのも辛い時が多い所為もあるとは思いますが」

そう花が告げる言葉は、先程の言葉よりも孟徳と元譲に致命傷並みの衝撃と驚きを与えた。

しかし、それを告げる花が以前とは違い、恥じらって紅くなる様は新妻らしい色香があった。

その様な花に対し、孟徳はあえて沈黙し、元譲は短くも状況を確認する問いを口にした。

「……つまり、夜の辛さから逃げたい、という事か?」

「……いえ、文若さんに求められるのは、私も嬉しいんです。でも、文若さんは文官ですから体力的に大丈夫かな、とか、睡眠時間が減ったせいで体調が悪くなるかな、とか」

「……あの文若がねぇ……」

という孟徳の独り言の様な呟きに対し、花は首を傾げながらも問い掛けようとした。

しかし、それでは論点がずれると思った元譲は花に忠告と相談内容を告げるように促した。

「とりあえず孟徳は放っておけ。そして、確認するが、おまえは何を相談したいんだ?」

「……文若さんの妻は私で良いのでしょうか?」

「……それは私に直接聞け、花。そして、丞相に元譲殿。仕事が片付かないと補佐達が探されています」

そう告げながら、文若が三人の会話に割って入ってきた。

そして、文若の気配に気づいていた孟徳はあからさまに肩を落とし、元譲は短くも謝罪した。

「これからが楽しみなのに……」

「ああ……済まないな、文若」

という2人の反応を予測していた文若は、花を抱き寄せてからこの場から離れようとした。

「では、私も仕事に戻りますので、花も連れて行きます」

「おまえこそ、執務室で花ちゃんを襲うなよ?」

「その様なご心配は無用です。私は丞相の様に公私を混同しませんから。では、失礼します」

そう孟徳に答える文若は表情が常とは違う仮面だと、この場にいた3人は気付いていた。

それ故に、花は文若を想うが故に自責し、孟徳はただ笑みを浮かべ、元譲は溜め息を吐いた。

そして、文若と花がこの場から見えなくなった時、孟徳は楽しげに元譲の名を口にした。

「……なあ、元譲。最近の天候って穏やかだよな?」

「……嵐の前の静けさ、などと言うつもりか?」

「嵐は以前に体験させたから、今度は冬山かな?」

と元譲に問い返す孟徳は、心の底から楽しげな子供めいた態度と言えた。

だが、孟徳の悪ふざけにつき合わさせられている元譲は短くも的確な忠告を言葉にした。

「……花を危険な目に合わせたら、文若が怒り狂うぞ」

「そうだなぁ……でも、それも楽しそうだから、また頼むよ、元譲?」

「俺も巻き込むな!」

 

 

 

孟徳と元譲が寸劇めいた会話をしていた頃、花と文若は執務室に着いた。

だが、執務室に着いても文若は書簡の整理もせず、ただ花に催促する様な視線を向けた。

そして、その視線の意図に花は気付いたが、孟徳と元譲への相談内容は告げられなかった。

それ故に、花は文若の視線から逃れる様に書簡の整理をしようとした。

「整理していない書簡はこちらですか?」

「丞相や元譲殿に相談が出来ても、私には出来ないのか?」

「……お仕事をさぼるなんて文若さんらしくないです」

「急ぎの仕事は終わったから、休憩する時間くらいはある」

そう花に答える文若の言動から、花は文若に隠せないと判断した。

だが、それでも文若に告げる事に躊躇いを感じた花は婉曲的な言葉を選んだ。

「……私は文若さんの妻として、不足していませんか?」

「なぜその様な思いに至った?」

「……読み書きもようやく出来るようになりましたけど、本格的にお仕事を手伝えるわけではないですし、夜も私の方が先に寝てしまうので、文若さんが物足りないかもしれないかもと」

という花の告白を聞いた文若はすぐに大きな溜め息を吐いた。

その溜め息の意図がわからない花は、ただ文若の答えを待った。

そして、それに気づいた文若は、ただ花の告白の意図とその経緯を確認しようとした。

「おまえは私の言動が信じられない、というのか?」

「え?」

「おまえの補佐を止めさせる口実などいくらでもあったが、それを実行した事があるか?」

そう文若に問い返された花は、その問い返しが受け入れ難くても否定は出来なかった。

「……ありません」

「確かに体調が良くないと、執務に支障が出ると、そう判断した時は休むように言ったが、それ以外でもあったか?」

「ありません……」

「おまえを抱く際、私は不足を告げた事があったか?」

と文若に否定できない問いを続けられた花は、暗くなる表情のまま顔を俯かせた。

「ありません」

「ならば、何が不満なんだ?」

「……問題があるのは私です。私は執務中でも文若さんの言動で心が揺れて、夜も思い出してしまいます。だから、こんな中途半端な補佐なんて必要ないですよね?」

そう再び素直な想いを吐露する花に対し、文若は常とは違う穏やかな表情で問い返した。

「……それは今、言う事なのか?」

「え?」

「確かに仕事中に仕事以外を考えるなど言語道断だが、おまえにそう言われると喜ぶ自分を隠せない」

と答えられた花は、驚きから俯かせていた顔をあげ、穏やかな文若の顔を凝視した。

その様な花の視線に対し、文若はまっすぐな視線を返し、ただ言葉を続けた。

「だから、今でなければ、おまえの想いに応えたいし、否定する事はあり得ない。だから、おまえがその様に揺れぬよう、私がおまえの心と体を満たすとしよう」

そう文若に告げられた花は、言葉の意味が全く分からずにただ首を傾げた。

そして、その様な花の言動も予想できていた文若は、直球な状況の改善策を言葉にした。

「私との行為に慣れ、執務中もおまえの存在で満たされている事を実感すれば良いのだろう?」

「文若さん!」

と叫んだ花は、文若の言葉を理解したが故に、否定も肯定も出来ず、ただ驚いた。

そして、その様な花の答えも予想していた文若は、ただ静かに言葉を続けた。

「やはり、私に不足があったのだな。ならばそう私に言え」

「……すみません。でも、文若さんでも嫉妬するんですね」

そう花に問われた文若は、相談を無理強いした余裕の無さと強引さを認めた。

「……夫が妻を独占したいと思う事は当たり前だと思わないのか。それにおまえは私を誘惑したのだから、今夜は相応の覚悟をしておけ」

と花に答えた文若はあえて背を向けてから執務に戻ろうとした。

そして、文若に背を向けられた花は、顔を紅く染めながらもしっかりとした声音で宣言した。

「わ、私も独占したいです、文若さんの事を!」

「……そろそろ新しい書簡も届くだろう。花、仕分けを頼む」

そう文若は花に仕事の指示だけを言葉にした。

しかし、そう花に指示を出す文若の口元がほころび、眉間にはしわが無かった。

それ故に、花は嬉しさを隠す事なく、ただそれを伝えようと満面の笑みで答えた。

「はい!」

 

 

 

 

 

文若編はもっと孟徳さんに暗躍して頂く予定でしたが、孟徳編同様、可愛いお話に仕上げる事が出来たかと。

というか、三国恋戦記は想定と違う話がよく出来る為、いつも書き上げると驚きと戸惑いがあります。

ですが、その様な小説でも楽しんで頂ければ幸いです。