「……なぜ私は自分の欲を制御できないのだろう」
そう花と結婚した子龍が、朝の訓練後に小さな声で呟いた。
すると、耳聡い玄徳軍の武将達は一気に子龍を囲い込んだ。
「それは軍師殿との惚気か?」
「そういえば、最近は軍師殿を城で見かける事が無いな?」
「……私の独り言ですので、気になさらないでください」
と子龍は武将達の囲い込みから抜けようとした。
だが、それを予測していた武将達は強引に押し止めた。
「もしかして、子龍が軍師殿を離さない所為で城への訪れが減ったのか?」
そう武将に指摘された子龍は図星であったが故に返す言葉を失った。
そして、それに気づいた違う武将が更に詳しく聞こうと口を挿んだ。
「そうなのか、子龍!」
「ですから、私達の問題ですから……」
「そんな事では軍師殿に嫌われるぞ、子龍!」
と更に違う武将が子龍の言葉を遮りならが指摘という名の揶揄を言葉にした。
だが、色恋沙汰に鈍い子龍は、揶揄ではなく嫌われるという言葉に反応した。
「……どういう意味ですか?」
「軍師殿への愛情はわかるが、毎夜気絶するまで抱くのは……」
そう再び図星めいた言葉を口にされた子龍は正確な事実を言葉にしようとした。
「確かに花殿は寝落ちする事が多いですが……!」
と訂正しようとした子龍はすぐにそれが間違いだったと気づいた。
しかし、揶揄をはじめた武将達はただ子龍の反応を楽しんだ。
「ほほう。それは軍師殿も大変だな」
「ですから、私達、夫婦の問題ですから、心配は無用です!」
そう子龍が叫ぶと、天が配剤した様な幸運と言える声がその場を制した。
「その辺にしておいてやれ、おまえ達」
と言いながら玄徳が鍛錬場に現れた為、生真面目な子龍はすぐに挨拶を言葉にした。
「おはようございます、玄徳様」
「ああ。おはよう」
そう鷹揚に子龍の挨拶を受けた玄徳に対し、周囲の武将達の挨拶を言葉した。
そして、これ以上子龍をからかえないと思った武将達はすぐにこの場から去ろうとした。
「……これから朝議の準備がありますので」
「ああ。また朝議でな」
と、玄徳は武将達の行為に苦笑いつつも、いつもの調子で軽く受け流した。
そして、不躾な武将達が立ち去った為に、子龍もこの場から辞そうとした。
「……では、玄徳様。私も失礼します」
「少し時間はあるか?」
そう玄徳が真面目な表情で子龍に問うた為、子龍も真摯に玄徳の命を待った。
「何か急務でしょうか?」
「いや、おまえも我慢が好きだな、と思ってな」
という玄徳の指摘は、結婚後も色恋沙汰に鈍すぎる子龍には理解が出来なかった。
「どういう意味でしょうか?」
「夫が妻を恋しく想う事も欲しいのも当たり前で、また妻も夫が恋しいものだぞ」
「……申し訳ありません、玄徳様のお言葉を理解する事が出来ません」
「そうか……なら、今夜は妻と少しでもそれについて語り合え」
「……語り合う、ですか?」
そう玄徳から助言を聞かされた子龍は、命を受けた様に真摯に受け止めた。
そして、その様な子龍の生真面目さを玄徳は苦笑ったが、真面目な口調は崩さなかった。
「ああ、おまえには俺の言葉よりも妻の言葉の方が良さそうだからな」
「……申し訳ありません、玄徳様」
「いや、俺がこういった助言を苦手とする所為だ。子龍の所為ではないぞ?」
「……部下の夫婦事情までに配慮をされるとは、さすがは玄徳様ですね」
と、神出鬼没な孔明らしい登場と言動に対し、子龍はただ頭を下げ、玄徳は確認をした。
「緊急事態か、孔明?」
「いえ、目下の問題はわが愛弟子と子龍殿の夫婦事情ですから」
「……孔明殿にその様な心配して頂く必要はないと以前にもお話しましたが?」
そう子龍は孔明へ鋭い視線で問い返したが、孔明の子龍に対する態度は変わらなかった。
「ええ。ですが、愛弟子を心配するのも師匠の務めですから」
「……」
「まして、愛弟子の身の上が大変なのに、無関心でいられるほど薄情な人間ではありません」
という孔明の言外の意図に気付いた子龍はあえて沈黙し、玄徳は再びただ苦笑った。
「孔明もその辺にしておいてやれ。そろそろ朝議の時間だろ」
「それでは、私も後片付けと準備があるので、失礼します」
「ああ」
「……ええ。また朝議で」
そう孔明が答えると、生真面目な子龍は玄徳に辞する礼をしてから鍛錬場から去った。
そして、子龍の姿が完全に消えてから、玄徳は孔明に対して忠告めいた言葉を告げた。
「……相変わらずだな、孔明」
「……ボクは幸せになってほしいだけです」
「そうだな。俺もそれを願っている」
と玄徳が同意する事も予測していた孔明は、大げさな溜め息を吐きながら状況を憂いた。
「まあ、子龍殿がこういった意味で彼女を困らせる事態は、ボクでも想定外でしたが」
「子龍も『男』だからな」
「……そうですね」
そう玄徳に答える孔明の意図が読み切れない、否、嫌な予感がした玄徳はただ問い返した。
「孔明?」
「いえ、玄徳様も朝議の準備を始められた方が良いかと」
「そうだな。おまえも我慢は程々に、な」
という玄徳の助言めいた言葉に対し、孔明は完全に意図を読み切った上で否定をした。
「ご心配して頂くような事態は有りませんよ、わが君」
「そうか……ならばそれで良い」
「……」
武将達にからかわれ、玄徳に助言された日の夜。
仕事を終えて屋敷に戻ってきた子龍を花は満面の笑みで出迎えた。
そして、室内着に着替えた子龍は花が作った料理を食べながら語り合おうとした。
「私はあなたを求めすぎでしょうか?」
「……え?」
「体調に問題が無い日は常にあなたを抱き、回数が多い時は行為の直後に寝落ちされる事もあるのですが……」
そう子龍に問われた花は、手に持っていた器を落とさぬように大声で言葉を遮った。
「子龍くん!」
「やはり問題があったのですね?」
「……えっと、子龍くんの言動に問題が有るというか、無いというか」
「率直にお答えください」
と子龍に問われた花は、問われた内容への答えではなく、全力で逸らす事を選んだ。
「だ、だから……食事の時に話す内容だと思えないよ!」
「そうなのですか。大変失礼しました。では、すぐに食事を済ませ、語り合いましょう」
「え?」
「あなたにつくって頂いた食事ですが、玄徳様のお言葉を優先させてください」
そう子龍に告げられた花は、問いに答えるよりも更なる難問を突き付けられたと思った。
しかし、子龍に問われた内容よりも玄徳が関わったという事実が、花には不思議だった。
それ故に、花は子龍の言葉を確認する様に短くも再確認をしようとした。
「玄徳さんの言葉?」
「はい。今夜はあなたと夜の生活について語り合う事を勧められましたから」
という子龍の答えは、花にとっては嫌な予感しかしなかった。
むしろ、それに関わっているであろう人物に思いあった花は再び短く再確認をした。
「……それって師匠も絡んでる?」
「ええ……孔明殿も心配されていました」
そう答える子龍の苦い表情を見た花は、逃げきれないと思って素直な答えを言葉にした。
「……子龍くんがそう言われたきっかけはわからないけど、私は……その、嫌いじゃないよ」
「?」
「だ、だから、子龍くんに抱かれる事も、その行為が激しい事も」
という花の答えを聞いた子龍は満面の笑みと共に嬉しそうに応えた。
「ありがとうございます」
「……で、でもね?」
そう花に問われた子龍は先程の笑みが嘘の様な暗い表情で問い返した。
「やはり何か問題はあるのですか?」
「……私は良いけど、子龍くんは良いの?」
「は?」
と子龍は短くも花の意図を全く理解していないであろう問い返しを返してきた。
それ故に、花は恥ずかしい思いを抑えつつも子龍への問う言葉を重ねた。
「だ、だから、子龍くんは満足してる? 私が子龍くんより先に寝てしまう事が常だし」
「……申し訳ありません」
そう花の問いに答えた子龍は真剣かつ真っ直ぐな瞳で謝罪と相談を口にした。
「やはり私に問題があったのですね。ですが、どう改善すればよいのでしょうか?」
「……」
「あなたへの想いも欲も際限がなくて、あなたに明確に拒絶されないと止める事も出来ないのです」
という子龍の率直な告白は、花に恥ずかしさを上回る嬉しさを感じさせた。
それ故に、花も子龍への素直な想いを言葉にして伝えようとした。
「私だって子龍くんが欲しいし、独占したいと思ってるよ?」
「え……」
「……やっぱり、女の方から言う言葉じゃなかった?」
そう花が子龍の反応をうかがう様に、不安げな瞳と言葉で問い掛けた。
しかし、花が不安に思う理由が思いつかなかった子龍は、再び素直な想いを吐露した。
「……私は色事に関しては疎い方なので、良し悪しはわかりかねますが……あなたに言って頂けて嬉しい、と私は思いました」
「え?」
「まるで憑き物が落ちたようです。私だけが想い求め過ぎているのではないのですね」
という子龍の声音は真摯だったがそう告げる表情と瞳は艶に満ちていた。
そして、それに気づいてしまった花は、激しい心音と欲が芽生えている事に戸惑った。
それでも、子龍に素直な想いを伝えようと、花は顔を紅くしながらも言葉にした。
「……私も子龍くんに求められるのは嬉しいし、それに応えたいと思うよ。だから……体力とか鍛えた方が良いかな?」
「いえ、その必要はありません。私が欲しいのは今のあなたですから」
そう花に告げる子龍は、夜にしか見せない欲に満ちた瞳と包み込む様な声音だった。
その様な子龍に煽られて戸惑った花は、恥ずかしさから視線をそらして俯いた。
だが、その様な花に追い打ちをかける様に、子龍は更なる爆弾発言をした。
「それに、今夜からはあなたと共に眠りたい、と思える様になりましたから」
と子龍に言われた花は、取り繕った笑みを張り付けた顔で答えた。
「えっと……それじゃあ、食事が冷めないうちに食べ終えよう?」
「はい」
子龍君は武将さん達に振り回される「おもいでがえし」の様なお話の予定でした。
ですが、書きはじめると玄徳さんや師匠の出番が必要となり、
全年齢?と首を傾げる様な艶めいたお話となってしまいました。
いえ、子龍君がストレートかつ天然な言動となっている為、
艶な部分があっさりと読んで頂ける仕上げだとは思いますが。