誘惑~私が欲しい、ですか?~翼徳編

翼徳と花の婚儀が数ヶ月後となった頃。

結婚するという具体的な進展があったとはいえ、翼徳と花の関係に変化は少なかった。

それ故に、焦れた芙蓉は翼徳を煽ろうとしたが頑なに拒絶された。

その理由がわからなかった芙蓉は、花を煽るついでにその理由を確かめようとした。

「ねえ、花。翼徳殿って孔明殿と一緒なの?」

「え?」

「だから、孔明殿みたいに、翼徳殿も欲が無かったりするの?」

「えっと……」

「花!」

という芙蓉の直球で強気な態度に対し、花は全面降伏する様に素直な答えを言葉にした。

「……多分、近いかも。でも、違う気もする」

「どういう事?」

「前に翼徳さんが『兄いの言葉も花も大切だから』って言ったの」

「玄徳様の言葉も?」

そう芙蓉は翼徳が告げた言葉の意図を確認する様に花への問いを更に重ねた。

しかし、芙蓉の疑問を予想していても、それ以上を知らない花は素直に答えた。

「うん。それ以上は言葉にしてくれなくて」

「ふーん。じゃあ翼徳殿をよりは、あなたの方が良いのね」

と独り言の様な呟きを口にした芙蓉は、花に対して意味深笑みで問い掛けた。

「翼徳殿の事、今以上に知ったり、近づいたりしたい、と思わない?」

「……ないと言ったら嘘になるけど」

「けど?」

「理由があるみたいだから、私はこたえてくれる日を待つよ」

そう花が翼徳の意志と玄徳の配慮を支持すると、芙蓉姫は鬼気迫った表情で否定をした。

「甘い!」

「え……」

「甘すぎるわよ、花!」

と芙蓉は花の想いを一刀両断したが、花は芙蓉に自身の思いを理解してもらおうとした。

だが、それを察した芙蓉は花が言葉を口にするのを制してから更に深く切り込んだ。

その様は戦場で見せる厳しさと強さに満ちていたが故に、ただ花は芙蓉に圧倒された。

「言ったでしょう、恋も戦だって。優秀な軍師の花が『ただ待つ』なんて下策の下策よ!」

そう芙蓉に言われても、思いを変える気が無い花はただ沈黙した。

いや、花の想いの深さと頑なともいえる意志の強さを知るが故に、芙蓉は意図的に引いた。

「……わかったわ。確かに当人同士の思いの方が大切だからね」

「ありがとう、芙蓉姫」

と芙蓉に感謝した花は、芙蓉の更なる策に花は気付けなかった。

それくらい、花は芙蓉の善意に全幅の信頼を置き、これ以上の干渉は無いと思い込んだ為に。

 

 

 

芙蓉が花を煽る事に失敗した数日後、玄徳が近臣達と開いた宴に芙蓉と花は参加した。

その参加に孔明は難色を示したが、芙蓉に押し切られて条件付きの参加を許した。

その条件は宴に参加する花の側に玄徳と芙蓉が居る事だった。

芙蓉の企みを孔明は察していたが、玄徳の側ならば無茶な事態にならないと思った。

その為、玄徳は芙蓉と孔明から色々な意味で期待と干渉を求められたと言えた。

そして、それを察していた玄徳は隣で花に酒を飲ませている芙蓉の意図を確認した。

「……芙蓉」

「なんでしょうか、玄徳様?」

「花に酒を飲ませて、何をさせる気だ?」

「翼徳殿を煽る為に誘惑させる、以外にあるとでも?」

そう端的かつ率直に答えた芙蓉に対し、玄徳は厳しい表情でその行為を止めようとした。

そう告げる玄徳は『主』としてではなく、『父兄』という様な雰囲気を残していた。

「それは駄目だ」

「それは翼徳殿への命令に関係がありますか?」

「俺が翼徳に言った言葉は『花が大切なら手を出すな』だ」

という玄徳の答えは、芙蓉の想定内だったが故に、玄徳らしくないと芙蓉は断じた。

「それは玄徳様らしくない、ずいぶんとあからさまな『警告』ですね」

「翼徳の過去を知っているからこその助言だ」

「……好きな男性から想いを告げられても、言動が伴わなければ不安になるだけです」

「花は違うだろう」

そう玄徳に告げられた芙蓉は、叱られた子供のような表情で無言の否定をしようとした。

しかし、それを玄徳は認めずに『父兄』めいた優しさを感じさせる声音で芙蓉に問い掛けた。

「おまえが花を思う気持ちもわかるが、当人同士で解決する方が良いと思わないか?」

「……そうですね。お酒は人を正直にさせると言いますし、翼徳殿に選んで頂くのも良いですね」

という芙蓉の答えは玄徳にとっては想定外だったが故に戸惑った。

それでも、玄徳はこの場で微笑みながら答える芙蓉の意図を確かめようと問い返した。

「……芙蓉?」

「では、この花は翼徳殿に預けます。そして、花の部屋に運んで頂きます」

「芙蓉!」

そう叫んだ玄徳は芙蓉の意図に気付き、場に似合わぬ低音で叱責しようとした。

しかし、それを予想していた芙蓉はただ玄徳へと冷静かつ沈着に問い返した。

「私は花の身を将来の夫に預けるだけですよ、玄徳様?」

「……運ばせるだけ、だぞ」

という玄徳の譲歩に対し、芙蓉はただ微笑みながら了承した。

そして、酔いつぶれた花の身体を支える芙蓉は共に翼徳のところに向かった。

「ええ。もちろんです。では失礼します、玄徳様」

 

 

 

玄徳の元を辞すると、芙蓉はまっすぐに翼徳の元に向かいながら声をかけた。

「翼徳殿!」

そう声をかけられた翼徳は、芙蓉の隣で酔い潰れている花を見つけて驚いた。

いや、花が今まで酒を口にした事を見かけた事が無いが故に、翼徳の動揺は激しかった。

「え……花が酔ってる?」

「ええ。私が間違えて花に酒を飲ませてしまったんです。だから、翼徳殿に花を部屋まで運んでほしいんですが」

という芙蓉の言葉を額面通りに受け取った翼徳は、すぐに渡された花の身体を支えた。

ぐったりといえる花の様子に、翼徳は戸惑いながらもそっと横抱きにした。

その様は花への深い想いと配慮をみせられた芙蓉は痛む良心を笑みで隠した。

「くれぐれも花を頼みますね?」

「じゃあ、兄いに一声かけてくる」

「玄徳様の許可は有りますから、花と一緒に退席しても大丈夫です」

「そっか。ありがとう!」

そう芙蓉に答えた翼徳が退室しようとすると、予想外な人物が声をかけてきた。

「……気をつけろよ、翼徳」

「あれ、兄い?」

と翼徳は玄徳の言動に不思議そうに問おうとしたが、芙蓉はすぐにそれを遮ろうとした。

「玄徳様!」

「俺が言った事はおまえの想いを守る為のモノでもあるからな」

そう玄徳は宴でも常でも見せない、厳しくも深い情を感じる視線で翼徳に告げた。

その様な玄徳を深く知る翼徳は、短くも全幅の信頼へ応える様に誠実な答えを返した。

「うん。わかってるよ、兄い」

「じゃあ、気をつけてな」

という玄徳に対し、翼徳は花の身体を大切に運びながら退室した。

それをただ見過ごす事しか出来なかった芙蓉は、玄徳らしくない言動の理由を問うとした。

「……玄徳様」

「あいつの欲は本当に食欲並みに際限が無い。だから、結婚後ならいくらでも惚気となるが、その前だと花まで傷つく事になる」

そう玄徳から率直な答えを聞かされた芙蓉は返す言葉が無かった。

それでも、玄徳の言動が『主』とは違う『父兄』であった為に、芙蓉は短い言葉で拗ねた。

「……玄徳様は狡いです」

「……俺はあの二人の為なら、『仁君』と呼ばれぬ言動も躊躇う気はない」

という玄徳の真っ直ぐな言葉で、芙蓉は己の策が失策だと察した。

だが、それも玄徳と孔明の想定内だと思うと、芙蓉は苛立つ思いを隠せなかった。

それでも、芙蓉は花を思うが故に更なる策を練ろうとし、玄徳はそれをただ苦笑った。

 

 

 

そして、横抱きにした花の寝室に着いた翼徳はすぐに寝台へとその身を横たわらせた。

すると、意識を取り戻したのか、花が意図も理由もなく翼徳へ甘える様に触れてきた。

「なあ、花。本当に酒に酔っただけか?」

「……えへへへ。どうしてですか、翼徳さん?」

「酔い方がおかしい」

そう翼徳に断言された花は、酔い潰れたと思わせる表情と甘い声音で拗ねた。

「おかしいなんて酷いです、翼徳さん!」

「……だって、こんなに花が甘えてくるなんておかいいよ」

「甘えちゃだめなんですか?」

という花の言動に対し、翼徳は煽られる事なく、冷静な態度を崩さなかった。

「駄目じゃなくて、おかしいと思っただけ」

「……私は翼徳さんが好きだから欲しいだけなのに」

「酒とかが抜けても同じことを言える?」

そう翼徳は甘えてくる花に対し、まっすぐな視線と共に冷静な声音で問い返した。

その様な翼徳は常ではありえない態度だった為に、酔っている花はただ戸惑った。

「え?」

「俺は花が大切だから、兄いの言葉を守るよ。だって、俺は花が大切だから、花が傷つく事は俺も嫌だから」

と翼徳に告げられた花は、その言葉の意図がわからずにただ拗ねた。

「……翼徳さんが意地悪です」

「意地悪なんてしてないよ!」

「いいえ、意地悪です!」

「じゃあ、どうしてほしいの、花?」

そう花に問い掛けた翼徳は、花を寝台に再び横たわらせながら覆いかぶさった。

それでも翼徳の態度は冷静で、花を見る瞳に酒気も感じさせなかった。

それ故に、花はただ翼徳の言動に戸惑いながらも、酔いが醒めていくのを実感した。

そして、その様な花の状態を察した翼徳は冷静な口調で忠告も言葉にした。

「今、俺達は花の部屋にいる。このままここで朝まで過ごせば、何もなくても花を傷つける噂が出来るよ」

「……」

「そんなこと、俺は絶対に嫌だ。だから、これ以上は婚儀まで我慢する」

と花に告げた翼徳は、互いの唇を深く重ねながら想いを伝えようとした。

その行為により、酔いが完全に醒めた花は、ただ翼徳の名を口にした。

「翼徳さん……」

「だから、花にもわかってほしい」

そう告げる翼徳に対し、花は常に見せる朗らかな笑みを添えて了承を言葉にした。

「……わかりました」

「うん。ありがとう、花」

「じゃあ、おやすみなさい、翼徳さん」

と花が再び朗らかな笑みを見せた為、翼徳は軽く互いの唇を重ねた。

そして、すぐに離れると満面の笑みで花の挨拶に答えてから退室した。

「うん。おやすみ、花」

 

 

 

 

 

翼徳編は思いの外に可愛い話となりました。

いえ、本当はもっと花ちゃんに誘惑されて煽られる翼徳さんとなるはずが……

本編よりもかなりストイック?な翼徳さんになっています。

それに、玄徳さんも想定外に活躍(暗躍?)していますし。

いえ、キャラ的には玄徳さんが私は一番なので、登場させるとつい書いてしまうのです。