誘惑~私も欲しいです~玄徳編

玄徳と結婚後も、花は孔明の補佐として仕事を続けていた。

また、文字の読み書きも出来るようになり、優秀といえる補佐を務めていた。

しかし、ここ1週間ほどの花の仕事ぶりは誰が見ても酷い失敗が多くなった。

それ故に、花の師匠である孔明は大げさな溜め息を吐きつつも理由を知ろうとした。

「……新婚時期も過ぎたっていうのに、いつまで惚気るつもり?」

そう孔明は花にいつもの調子で過干渉な問いを投げかけた。

しかし、花は孔明の意図に気付けず、ただ首を傾げるだけだった。

その様子は、常に見せる聡さよりも結婚前の幼さを感じさせる様子だった。

それ程に重症なのかと思った孔明は、再びあからさまに大きな溜め息を吐いた。

「……自覚無し、とはずいぶん重症だね」

「……すみません」

「まあ、仕事に影響があるのは玄徳様も同じだけど、君の方が深刻そうだね」

と孔明に言われた花は、言葉の意図ではなく『玄徳』という名に激しく反応した。

いや、正確に言えば、玄徳の様子がおかしいという孔明の言葉に反応した。

「玄徳さんもって……やっぱり玄徳さんにも何かあるんですか?」

「……はぁー。あのねぇ、夫婦喧嘩なんて、当人同士以上に知る事はボクにも出来ないよ」

「え……ケンカ、ですか?」

そう問い返した花は、孔明の言葉の意図に気付けず、ただ孔明の言葉の意図を問い返した。

だが、その様な花の反応が想定外だった孔明は、あえて驚きを隠す事なく更に問い返した。

「あれ、違うの?」

「……最近は玄徳さんに避けられ続けていますから」

「でも、結婚してから玄徳様が城を留守にしない日は常に君と夜を過ごしてるよね?」

と孔明に再び問い返された花は、青ざめていた表情を更に青くさせながら沈黙を返した。

それ故に、孔明はあえて花にこの状況を説明させる様に視線で促した。

しかし、その様な孔明の問う視線を向けられても、花は答えなかった。

その為、花の頑固さも熟知している孔明はただ羽扇を手に取った。

それから、孔明は冷静な視線と冷淡ともいえる冷たい声音で花に現状説明を求めた。

「……犬も食わない夫婦喧嘩にかかわる気はないけど、君の夫はこの国の主なんだよ」

そう孔明に言われた花は、泣き出しそうな表情と気弱な声音で答えようとした。

「……かもしれません」

「え?」

「嫌われたんです……玄徳さんに」

という花の答えも、孔明には想定外すぎてただ驚いた。

しかし、花が色恋沙汰に鈍い事も、玄徳の想いの深さも知るが故に、孔明は再確認をした。

「君が?」

「はい……」

そう花から再確認をした孔明は、更なる状況説明を求めた。

玄徳の花に対する想いが結婚後も深まっている事を知るが故に、孔明には不思議だった。

だが、花がいくら色恋沙汰に鈍くとも、そう断言するには明確な理由があると思った。

「……心当たり、というより明確な理由がありそうだね?」

と、孔明が花に更なる状況説明を求めると、花は孔明の問いに答えた。

「……2週間前、お仕事が忙しくなって1週間くらい執務室にいらしたんです。でも、いつもなら仕事に余裕が出来たら……睡眠不足の日が続くんですけど……違うんです」

そう答えた花の言動は、動揺し過ぎている状態を如実に表していた。

それくらい、花は玄徳の言動に不審を抱き、不安と焦燥で心を失いかけていると言えた。

それ故に、孔明は花の答えを軽く流す様に、いつもの調子で軽く再確認を求めた。

「……つまり、玄徳様が君を抱かなくなった、っていう事か」

「……だから、私に飽いたのかな、って」

という花の言葉を聞かされた孔明は、再び大げさに溜め息を吐いた。

そして、花の言葉で玄徳の状態を察した孔明は、いつもの様に意味深な笑みを浮かべた。

「……じゃあ、心優しい師匠が君に策をあげよう」

「え?」

「今夜は少しでも早く玄徳様の仕事を終わらせるし、明日の事も考えておくから、君は玄徳様を誘惑しな」

そう孔明に言われた花は、ただ言われた言葉の内容に驚き、その言動を読めなかった。

いや、憔悴しきっていたと言える花には、孔明のような冷静さが無かった。

そして、この状況を理解した孔明は、ただ困惑する花にいつもの軽い口調で問い質した。

「心優しい師匠の助言を疑う気?」

と孔明に問われた花は、ただ現状を憂う気持ちよりも、困惑する指示に戸惑っていた。

「え、いえ、そうじゃないんですけど……誘惑って?」

「わからないなら、これから帰ってじっくりとその理由と策を考える事だね」

そう孔明が答えると、ただ憔悴していたのが嘘の様な表情で花は深く考え込んだ。

そして、孔明の言動から、現状が自身の思いとは違う事に花も気づいた。

それ故に、花はただ現状を理解しようとしながらも、孔明の指示に従う事にした。

「……わかりました」

「うん。成果は玄徳様に聞くから安心しな」

と答えた孔明は、ただニッコリという文字が見える笑みで花を執務室から放り出した。

それから、花が確かな足取りで帰るのを見届けた孔明は再び溜め息を吐いた。

だが、すぐに孔明は先程までの軽さを感じさせる表情から、真剣な表情へと変えた。

それくらい、花の答えを聞いてから潜ませていた玄徳への怒りと同情を感じていた為に。

だから、孔明はあえてその様な思いを隠す事なく、すぐに玄徳の元へ向かう事にした。

「さて、玄徳様にはしっかりと言い訳をして頂こうかな」

 

 

 

孔明が玄徳の執務室へ向かい始めた頃。

玄徳は書簡を持ってきた雲長に現状確認をされていた。

「玄兄、何かあったんですか?」

そう雲長に問われた玄徳は、あえて隠す事もなく、問題がある事を認める様に問い返した。

「……わかるか?」

「ええ。花に触れない理由はわかりませんが」

という雲長の言葉は、彼らしくない過干渉だと玄徳も思った。

しかし、それ程までに状況が切羽詰まっていると思った玄徳は、ただあからさまに驚いた。

「ずいぶんと直球だな、雲長」

「……ただの夫婦喧嘩ならば口を出す気はありませんが、花の様子はかなり重症ですから」

そう雲長に告げられた玄徳は、渡された書簡を強く握りしめながら顔を俯かせた。

それ故に、雲長はただ玄徳が口を開くのをただ待った。

執務室の入り口に居る者の気配も察したが故に。

「……怖いんだ」

「怖い、ですか?」

「ああ」

と玄徳が雲長に答えると、執務室の入り口から孔明が声をかけた。

「その理由は花に言えない事なのですか?」

そう問われた玄徳はただ驚き、雲長はただ入室の許可を求める様に視線で促した。

その様な雲長の視線を受けた玄徳は、すぐに孔明を入室させ、来訪の意図を確かめた。

「孔明……花に何かあったのか?」

という玄徳の様子は以前と変わらず、花への深い想いも感じさせた。

それ故に、読みの正しさを再確認した孔明は、花に与えた策をあえて玄徳にも告げた。

「花ならばもう仕事を終わらせました。玄徳様を誘惑させる策を練る為にも」

「誘惑、だと?」

「ええ。これは後継者問題にもかかわる国の一大事ですから」

そう言う孔明の口調は人を人と思わぬような冷淡さに満ちていた。

いや、孔明のこのような言動は常にあったが、それが花に関しては有り得なかった。

そう。

孔明が自身をも駒の様に扱う様な冷淡な言動を花に向ける事はあり得なかった。

そして、その様な孔明の真意に気付けない、否、我を忘れている玄徳はただ怒った。

「孔明!」

と叫ぶ玄徳は、今にも孔明を切り殺さんばかりの殺意をまっすぐに向けた。

それ故に、雲長は怒り狂う玄徳を抑える様に、2人の間に自身の身体と言葉を挿んだ。

「落ち着いてください、玄兄。策も無しに孔明殿が動くはずがありません」

「だがな!」

「では、今も花は玄徳様の唯一であるのですね?」

そう冷淡に問い続ける孔明に対し、玄徳は嘘も偽りもないただの怒りを向けて叫んだ。

「当然だ!」

という玄徳の明確な意思を確認した孔明は、あえて感情を消した表情で問い続けた。

「では、理由をお聞かせいただけますか、花を遠ざける理由を」

そう孔明に問われた玄徳は、殺意を受け流し、ただ表情を消した意図に気付いた。

そして、我を忘れていた事にも気づいた玄徳は、正直な思いを言葉にした。

「……俺は、花を傷つけて壊してしまいかねない己の欲を抑えられないんだ」

「……玄兄」

と、雲長は玄徳の心情を思い、かける言葉を失った。

しかし、玄徳の言動を予想していた孔明は、再び冷淡な口調で花の事を評した。

「……確かに花は女で華奢ですが人形ではありませんから、早々に壊れませんよ」

「孔明!」

「ですが、今の花は玄徳様の言動で壊れかけていますよ?」

そう孔明に状況を断じられた玄徳は返す言葉を失い、雲長はあえて沈黙していた。

それ故に、孔明は玄徳に現状となすべき事をあえて言葉にして告げた。

「遠ざけたい気持ちもわかりますが、花にも心は有りますし、何より聡い娘です。ですから、早期に解決する為にも玄徳様の手の早さに期待していますよ」

と玄徳に告げた孔明は、すぐに意図が読めない笑みを浮かべたまま退室した。

嵐の様な来訪を受けた玄徳はただ状況に戸惑い、雲長はただ孔明を支持する様に告げた。

「今日の仕事は俺が代わっておきます。玄兄も早めに休んでください」

「すまないな、雲長」

「……明後日には元気な花に出会える事を俺も願っています」

そう雲長に言われた玄徳は、少しだけ余裕を取り戻し、あえて軽口の様な問いを返した。

「明日、ではなく?」

「玄兄の気性と独占欲の強さは俺も知っていますから」

という雲長の答えは静かでも秘められた思いの深さと強さを玄徳に感じさせた。

それ故に、玄徳は落ち着きを完全に取り戻し、いつもみせる鷹揚な笑みを雲長に向けた。

「……そうだな。感謝する、雲長」

「それは孔明殿にも言ってやってください」

「いや、明日には全てを吐かされるだろうから……その時に言うつもりだ」

そう雲長に答えた玄徳は、仕事の振り分けと指示をしてから足早に帰った。

 

 

 

玄徳が寝室に入ると、寝台に座っている花が真剣な表情で壁を見つめていた。

いや、壁を見つめるというよりも、何かを一心不乱に考えている様だった。

その様は、どうみても夫を誘惑する妻に見えず、それ故に玄徳は苦笑った。

いや、ある意味では花らしく、そして、それ故に玄徳は自身の言動を反省した。

だから、玄徳は花を避ける前の様に、あえて軽い口調で声をかけた。

「そんなに難しそうに考える事なのか、俺を誘惑する事は?」

と玄徳に問われた花は、ただ唐突な言動に対して驚いた。

「!……玄徳さん!?」

「ああ、ただいま、花」

そう玄徳が花を避ける前の様に微笑みを向けた為、花も玄徳に小さくも微笑みを返した。

「お帰りなさい、玄徳さん」

と花が笑顔で答えた為、玄徳は素直な想いのままに謝罪を言葉にしながら抱きしめた。

「……すまない。1週間もおまえに触れられなかった所為で……俺は怖くなったんだ」

そう玄徳に抱きしめられた花は、玄徳の隠された意図と孔明の指示を理解した。

そして、玄徳の想いを理解した花は、あえて確認する様に契機となる思いの再確認をした。

「怖い、ですか?」

「ああ。おまえが欲しいと想う気持ちと欲を制御できずに傷つけてしまうのではないかと」

という玄徳の想いは、花には想定外で理解も出来ない想いだった。

いや、玄徳の真意を知り、不安だった心と想いが安定した花には理解が出来なかった。

玄徳の想いの深さを理解し、受け止め、愛されている自信を花が取り戻した為に。

だから、花は玄徳の想いが自分を傷つけるとは思えなかった。

そう思った花は、自分を強く抱きしめる玄徳を更に強く抱き返した。

「そんな事はありません」

「……そんなに俺を甘やかすと、おまえが傷つく結果になるんだぞ?」

そう玄徳は、自身の想いを受け入れてもなお強くある花に対して苦笑うように忠告した。

しかし、花は玄徳の不安も揺れる欲も受け入れる様に、ただ素直な想いを言葉にした。

「確かに私は……色々と足りていませんし、玄徳さん以外を知りませんし、それに……」

と花に告げられた玄徳は、あえて遮る様に互いの身を離してから互いの額を合わせた。

「そういう言動が、俺を煽っている事も怖がらせる結果になる事もわかっていないだろ?」

「え?」

「俺はおまえだから欲しいし、煽られるし、怖いと思っている。だから、おまえが選んでくれ」

そう玄徳に問われた花は、少しだけ不安が残る揺れる瞳を向けながら問い返した。

「……私が欲しい、ですか?」

「ああ」

「なら、私はかまいません」

と応えた花は、間近にある玄徳の顔を更に寄せると自ら互いの唇を重ねた。

その様な花の言動に驚く玄徳に対し、花はニッコリと笑うと玄徳への言葉も更に重ねた。

「それに今から私が玄徳さんを誘惑するんです。だから、悪いのは私です」

「……本当にかなわないな、おまえには」

そう玄徳は花の想いと言動をそう評し、花はただ玄徳への想いと意志を言葉にした。

「私だって玄徳さんが欲しいし触れても欲しいんです。だから、私が誘惑するんです」

「……すまない。だが、愛しているから、許せ」

「はい、私も愛しています、玄徳さん」

 

この夜以降、仲睦まじい君主夫妻の仲は更に深まり、周囲は世継ぎの期待を更に大きくした。

 

 

 

 

 

……鋼の錬金術師の連続更新の続きや薄桜鬼の連載準備もあるのですが、

休息&ご褒美としてPCの新装版と思いでがえしのフルコンプをしたら……

再び萌えとネタが出来、リハビリを兼ねて小説を書きました(遠い目)

なので、再び唐突な三国恋戦記の連続更新をはじめます。

今回は攻略対象キャラ10人を書き上げ、毎日更新をする予定です。

唐突な連続更新ですが、お付き合い頂ければ有り難いです。

 

また、今回も連続更新のはじめは玄徳さんです。

もう少し他のキャラも出る予定でしたが、想定以上に師匠が出張りまして……

なので、今回は玄徳×花+師匠&雲長な短編となりました。

そして、玄徳さんと花の会話ももう少し書く予定でしたが、

艶方面へ筆が進むのを止めるのに精一杯で、軽い甘さとなりました。

やはり全年齢の「待てない兄い」は寸止めか暗転しかないようです(苦笑)