輪舞曲ーロンドー

A・C205年。

ガンダムが流星として降って来た事も、

悪魔と呼ばれた記憶も薄れ掛けた頃、

オペレーション・メテオが実行された日……

四月七日にウィナー家の別宅でパーティが行われた。

クリスマスに行われるような大規模なものではなく、

終戦や戦争否定という意味でもなく、

ただ、苦楽を共にした仲間と逢うという、

平和ならではの幸せを感じる為に、

この日、パーティは行われた。

 

 

 

パーティ会場の出入り口近くでヒルデはそわそわしていた。

なので、デュオは自分で取り分けた大皿を手渡した。

「これ、すごく美味かったぜ? お前も好きだろ、これは」

「あ、うん。それは好きだけど……本当に私が参加してよかったのかな?」

と言いながら大皿を受け取るヒルデに、デュオの側にいたトロワが言った。

「確かに、今日はオペレーション・メテオが実行された日から十年がたったという意図で企画されたパーティだが、主催を含め、そういう理由でこの場にいる人間は多分いないだろう」

「だからトロワなんてサーカスの公演を優先しようとして、団長に追い出されたのよ。で、私はお目付け役。ただ戦争を忌み嫌っていた私とは違い、戦いに身を投じた貴女は十分資格があるわよ」

そう、キャスリンに言われたヒルデは小さく首を振りながらも強く言い切った。

「でも、私もあのクリスマスの時は待っているだけだったから……送り出せるキャスリンさんは凄いですよ」

「へぇ、『お見送り』ねぇ……お姉さまに連れて来られないとトロワ君はパーティにも参加できなんだ?」

女性同士で親睦を深めている会話を聞いたデュオはニヤリとした笑みをトロワに向けた。

「お前もパートナーが必要ではないのに連れがいるようだが?」

「だって、オレは淋しがり屋だからさ、淋しいと死んじまうんだよ」

あくまでもさらりと返しあう二人。

しかしデュオに対して、ヒルデは大きなため息をついてからあえて口を挟んだ。

「もう……一人が嫌なら、フラフラするのやめなさいよ。今日だってギリギリの参加だったし」

「カトルに余計な策略を巡らせなかっただけでも褒めてもらいたいなぁ、オレとしては」

「確かに、五飛は仕事を名目として参加させる為に、今日の様なパーティになったのだったな」

そうトロワがフォローをしたので、デュオはらしい口調で軽口を叩いた。

「ま、あのお嬢様の趣味100%って感じだけどな」

「だけど、凄く豪華だよね。料理も食器も室内の家具とかも」

「あの二人の凄さはそれだけじゃないぜ? ここにいる人間全てを一堂に集める為には、かなりえげつない裏工作とかを強引にやったんだろうし」

そうデュオに評されるカトルとの面識が少ないヒルデは、素直な疑問を口にした。

「……もしかしてカトル君って、腹黒なの?」

「昔っから変わってないあの優しげで紳士な外見と言動に惑わされたら大変だせ? 悪巧みと策略と戦略の実行で右に出る人間はそう居ないからな」

調子に乗って、陰口とも言える軽口を叩くデュオに対して、トロワはポツリと呟いた。

「……デュオ、カトルがこちらを見ているぞ」

その言葉を自分の目で確認したデュオの顔から、一気に血の気がなくなった。

そして確認をした際、カトルから天使の微笑みを向けられ、デュオは真っ青になった。

だから、トロワはフォローにもならない追加真実を言葉にした。

「今は五飛と警護の打ち合わせをしているようだから、今の内に被害を抑える策を練っておいた方がいいぞ」

それを聞いたデュオは逃げる事の無意味さに気付き、ただその場へ座り込んだ。

頭を抱え込むデュオを心配そうな瞳でヒルデは覗きこむ。

そんな二人を心配したキャスリンは『大丈夫なの?』とトロワに問い掛けた。

 

 

 

一方、デュオを青くしたカトルは対照的な天使といえる微笑を浮かべていた。

「ひどいなぁ。それじゃあまるで僕が悪魔みたいじゃないですか」

『それ以外にどう表現できる?』と五飛は思った。

しかし、あえて言葉にしなかったが、ドロシーはあえてそれを言葉にして問い掛けた。

「あら、『自覚していなかった』なんて言うつもり?」

「一応、自覚はしているよ。だから五飛、これ以上の追加警護はいらないと思うんだけど?」

そう言いながら、穏やかに微笑むこの紳士が、その気になればコロニーどころか、地球さえも如何にでも出来る力があると知っていても、職務に忠実な五飛は主張を曲げるつもりはなかった。

「この会場の警護はプリペンダーの管轄で、今回の責任者は俺だ」

「あのねぇ、五飛。このメンバーが集まっている状況では、どんなトラブルでも問題にはならないと思うわ」

と、サリィは言った。

五飛には無駄かもしれないと思ったが、一応説得を試みようとしたらしい。

だが、ドロシーはあえて五飛を煽る様に言った。

「それに、それはそれで楽しいコトではなくて?」

「貴様!」

と叫んだ五飛は、今にもドロシーを殴り飛ばそうとしたが、サリィに止められた。

だがこの展開が予想でき、殴られるつもりの無いドロシーはただ不敵な笑みを返した。

だから、カトルは大きなため息を吐いてから言った。

「ドロシー、五飛をからかうのが楽しいのはわかるけど、今夜の主役は君じゃないだろう?」

「そうね。今回はリリーナ様に免じてやめておきますわ」

目の前で勝手に展開され、収拾がついた事に五飛は判り易い位に苛立っていた。

だから、サリィはあえて言葉を口にした。

「クライアントに逆らわないのが業界の鉄則なのは、貴方もわかっているでしょう?」

「……わかっているッ」

 

 

 

そんな彼らの様子を、マリーメイアは少し離れた中央のテーブルから見ていた。

そして、年頃の少女らしくない、深いため息を吐いてからマリーメイアは口を開いた。

「あの人も相変わらずのようですね。ドロシー嬢と会話をするなら、生贄が必要なのに」

そう断言するマリーメイアに対して、レディ・アンは保護者として不安になった。

あの事件以来、特別な勉強ではなく普通の教育カリキュラムをこなしているのだが……

やはり、血は争えないらしい。

いや、育ち故かもしれない。

デキムとは違う意味で。

そんなレディ・アンの心情を思ってか、クリスは無理矢理話題を変えた。

「で、ですが、カトル様のご配慮で再びリリーナ様の秘書になれたのはとても嬉しいですわ」

「そうですね。私達も火星から離れ、地球に滞在できる時間は限られていますから、お逢い出来たのはとても喜ばしい事です」

「リリーナに関しては同感だが、不必要な虫がいるのは……」

と、ゼクスはクリスやノインの意見に同意はした。

だが、リリーナの側に居るヒイロに対しては言い淀むゼクスにラルフは問い掛けた。

「あの二人はお似合いだと思うが?」

「君はあの男を知らないからそう言えるのだ! あの男は……」

こういうミリアルドが暴走した場合の惨状を知るノインは、無理に話題を変えた。

「そういえば、プリペンダー内部のトップが変わったと小耳に挟んだのですが?」

そう言うノインは、既に完全なレディ・アンの部下ではなかった。

だがノインは敬語を使い、レディ・アンも上司口調を改めなかった。

彼女達にとってはそれが自然で、普通になっていたから。

「ああ、表の権限が増えたので、上下や横とのつながりや折衝だけで私も限界になったから、五飛に仕切ってもらっている」

と言う答えを聞いたミリアルドは、己を取り戻したのか、冷静に問い掛けた。

「彼に、か?」

「いや、表的にはサリィが上だ。五飛は現場に拘って昇進をけり続けているからな。だが、署内における実質的なトップは五飛だ」

その答えに納得したゼクスは無言で頷き、ラルフは同意の言葉を口にした。

「確かに彼ら程、プリペンダーの様な仕事を上手く処理できる人間はそう居ないだろうな」

「それ故に、非常勤なジャンク屋や道化師や会社社長の発言力が並ではないようだしな」

そういうミリアルドが苦笑いを浮かべたから、ノインらしくない軽口を口にした。

「ガンダムが存在しない世においても、彼らを忘れるものが少ないという事でしょう」

「そして、だからこそ前へ、平和へと歩む事ができるのだと思います」

あくまでも、真面目に答えるクリスに対して、ミリアルドはあえて皮肉を口にした。

「それがわかっていない馬鹿もいるがな」

「あの人がいまだに学生であるのは、学校から強く在籍を求められているからではないでしょう。やはり、あの人も未来が定まらず、決める事も出来ないようですね」

と、マリーメイアが言った。

それを側で聞いた5人は言葉を口にする事が出来ず、五人五様で沈黙するしかなかった。

 

 

 

そんな彼らの様子を、壁際から見ていたリリーナは隣にいるヒイロを見上げた。

「随分な言われようね、ヒイロ?」

「いかず後家と呼ばれるよりはマシだ」

二十五歳でも色恋沙汰がゴシップだけというリリーナに対してそう陰口をする者がいた。

そしてリリーナは、あえてそれを選んでいたから放置をしていた。

「好きでいかず後家になってはいないわ」

と、リリーナに言わせている理由に心当たりがあるヒイロは沈黙を返した。

リリーナがプロポーズめいた告白をしたのに、ヒイロは答えを返していなかったから。

なので、ヒイロは何も言えなかった。

そして、答えを強要する気がないリリーナはただ不敵な笑みをヒイロに向けた。

「……今はまだ、答えをくれなくても構わないわ。だけど、今夜の貴方は私の護衛でパートナーなのだから、逃げたら許さないわよ、ヒイロ?」

そう言われたヒイロは新たに演奏をはじめた曲が、リリーナの好むワルツだと気付いた。

だから、ヒイロは無言でリリーナに片手を差し出した。

「……」

ヒイロの性格をよく知るリリーナでもこの片手がダンスの申し込みだとは思わなかった。

いや、リリーナはヒイロがダンスを申し込むような人物とは思えず、ただ首をかしげた。

「このワルツの曲は好きだろう」

そう言われたリリーナは満面の笑みを浮かべ、ヒイロの片手に己の片手を預けた。

「ええ。有り難う、ヒイロ」

片手を預けられたヒイロは、リリーナの身を引き寄せた。

そして、ダンスホールの中央に踊り出た。

そんな、あまりにもらしくないヒイロに対して、リリーナは素直に驚いた。

しかし、すぐにリリーナは、心地良いヒイロのリードと音楽に身を任せた。

「いつまでもこのようなワルツを踊り続けられる様に頑張るわ」

「ならば、俺はおまえを休ませる」

プロポーズを了承したかの様な答えは、リリーナを再び驚かせ、ヒイロを凝視した。

「えっ……?」

「不服か?」

冷めた答えとは裏腹に、ヒイロの瞳は揺れる感情を豊かに示していた。

だからリリーナは穏やかな笑みで強く応えた。

「いいえ。とても嬉しいわ、有り難うヒイロ」

と言われたヒイロは、珍しい笑みを口元に浮かべた。

そしてそんな二人を祝福するかの様に、そのワルツは何度も繰り返して演奏され続けた。

 

 

 

2005年発行アンソロジーより改稿