北欧の小国、サンクキングダムの元首、リリーナ・ピースクラフトは忙しい日々を送っていた。
平和の象徴と認められてきた所為だろうか。
だが、そんなリリーナでも1杯の紅茶を楽しむ余裕があったのか、理事長室でくつろいでいた。
リリーナはふと見た窓から空に白い機体がある事に気付いた。
「あれは……ヒイロはまた戦いへと向かったのね」
ここからでは機体を判別することは出来なかったが、リリーナにはヒイロの機体だと判った。
そして、瞳の中からその機体が消えるまで、リリーナは空を見つめていた。
それからリリーナは小さなため息を吐き、冷めた紅茶を口にした。
久しぶりの休息をとったリリーナは執務に戻ろうと机へと戻ろうとした。
その時、廊下を足早に歩く音がしたので気になったリリーナは扉を開いた。
すると、足早に歩いているカトルと目が合った。
と同時に、カトルはリリーナに問い掛けた。
「あ、リリーナさん。ヒイロの行方を知りませんか?」
「ヒイロならガンダムに乗っていってしまったようです。何か用事があったのですか?」
「いえ……特に用があったのではなく、所在が気になっただけです」
そう言ったカトルは軽く微笑んだ。
なので、リリーナも笑みを返しながら問い掛けた。
「では、お暇かしら?」
「はい」
「摘みたてのアールグレイが手に入ったのです。一緒にティータイムを過ごしませんか?」
「いいですね。僕もアールグレイは大好きです」
と、カトルはリリーナの提案に快く応じた。
だからリリーナも微笑みながらドアを広く開けて、カトルを室内へと招いた。
「どうぞ」
「失礼します、リリーナさん」
そう言ったカトルがソファーに座るのを確認してから、リリーナはドアを閉めて紅茶を用意し始めた。
「どうぞ、カトル君」
「有り難うございます……いい香りですね。リリーナさんは紅茶を淹れるのも上手なんですね」
と言ったカトルは、紅茶の香りを存分に堪能してから一口飲んだ。
そんなカトルの褒め言葉を素直に受け取ったリリーナは微笑みながら答えた。
「よく父が仕事をしているときに持っていったりしていたのです」
「……でもこのカップ、本当はヒイロのために用意していたのではないですか?」
そう問われたリリーナは一瞬だけ動きが止まった。
しかし、すぐにリリーナは苦笑いを浮かべながらカトルに応えた。
「ええ。でも、ヒイロは紅茶よりも戦いを択ぶでしょうけど……」
「そうですね。今のヒイロは死に急いでいます。いくら地球が戦場で、ぼくたちがガンダムのパイロットだとしても、守るものも意味もなく戦うなんて無茶苦茶すぎます。でも、彼は常に自分を兵士としてしか見ていない」
そう言ったカトルはうつむいてから持っていたカップを握り締めた。
うつむいているカトルの表情を見ることは出来なくても想像が出来たリリーナは真摯に応えた。
「カトル君、あなたもやはりガンダムのパイロットなのですね。確かに今のヒイロは目的を見失っています。でも、ヒイロならきっと大丈夫です。ヒイロは『ヒイロ・ユイ』なんですもの。平和への道をヒイロなりに考えていると私は信じています」
と言ったリリーナの強さに隠された、恋する乙女特有の弱さに気づかなかったカトルはうつむいたまま応えた。
「僕はヒイロに兵士としてだけ存在して欲しくはないんです。人でいてほしい。でも、戦うものに必要な強い精神力を彼は持っています。けど、それは彼の大きな優しさと純粋さが生み出している。そして、それを閉じ込める事でその力を維持している……それはヒイロ自身が望んでいる呪縛なんです。だから、僕はこのままでいいとは思えない」
「だから私は完全平和主義を実現したいのです。ヒイロは自分を兵士としてしか存在できないと思っています。でも戦争が終わり、平和が訪れた時、きっとヒイロは人になれると私は思っています。だから私は実現させてみせます。ヒイロの様な悲しい人を存在させない為にも」
そう言い切ったリリーナの言葉は、カトルを上向かせた。
言葉以上に強いリリーナの瞳を見たカトルは不安が消えてゆくのを感じた。
『流転する時代の中でも彼女の強さは変わらない。そして、そんな強さこそ、今必要とされている』
そう思ったカトルは同時に再認識した。そして、
『リリーナさんならば平和を実現できる。だから僕はその希望の灯火を消させたりはしない』
そうカトルは心の中で誓った。
一方、そう思わせたリリーナはヒイロへの想いが独占していた。
ヒイロの無事……いや、ヒイロが戻ってくるかと言う、恋する乙女特有の我が儘な心配をしていた。
ヒイロを信じていると同じくらい、ヒイロに恋する少女だったから。
それでも、リリーナの強い瞳は変わらなかった。
そして、そんな瞳をまっすぐに見たカトルは驚きの声を上げた。
「あれ……リリーナさんはヒイロと同じ瞳をしていますね。まるで兄弟みたいですね」
そう言われたリリーナも目を見開いた。
と同時に、リリーナは大きな声で笑い出した。
リリーナが笑う理由がわからないカトルは申し訳なさそうに口を開いた。
「あ、すみません。僕、そんなにおかしな事を言ったのでしょうか?」
「いいえ。ごめんなさい、ただ……そう、前にも言われた事があるのです」
「そうなんですか。一体誰ですか?」
そうカトルに問われたリリーナは少し遠くを見るような瞳のままで応えた。
「ヒイロの養育者、ドクターJという名の科学者にです」
「そうですか……」
そう答えたカトルも同じ様に少し遠くを見た。
他のガンダムのパイロット、特にトロワ・バートンの事を思ってなのだろうか……
その時、二人が見ていた空に一機の戦闘機が映った。
「ヒイロが帰ってきたようですね」
「そうですね……そうだ、リリーナさん。ヒイロやノインさんを呼んでティー・パーティでもしませんか? もしお時間があれば、ですけど」
「かまいません。今日は時間がありますから」
「でしたら僕が呼んできます。リリーナさんは紅茶の用意をお願いします」
と言ったカトルはすぐに立ち上がってから退室した。
カトルとは対象的に、のんびりと立ち上がったリリーナは一人で呟いた。
「ヒイロは来てくれるかしら?」
対話による平和実現と言う夢は身を結ぶのか……
それは誰にもわからない。
ただ言える事は1つ。
信じ、あきらめない強さを持つ者こそ、流転する事態に必要とされ、実現する事が出来る。
そんな当たり前の事実だけである。