HITO ―ひと― 2

再びヒイロが三十分程してから目覚めた時、そこは車の中だった。

そして、ヒイロを膝枕しているリリーナが声を掛ける。

「ヒイロ、大丈夫ですか?」

「……ここは」

「御免なさい、ヒイロ……」

まだ覚めぬ頭で現状を理解しようとしたヒイロに、前の座席から身を乗り出したデュオが声を掛けた。

「いよ、ヒイロ。お目覚めの気分はどうだい?」

デュオの顔を見たヒイロは完全に覚醒し、無表情に怒気をはらませた。

それを見たデュオはニッコリと笑ってから言った。

「何、怒ってるんだよ。お嬢さんに膝枕してもらえたんだ。感謝されても怒られる筋合いはないぜ、ヒイロ」

デュオの軽口にヒイロは反射的に殴りかかろうとした時、車が急停止した。

それによってヒイロとデュオはバランスを失い倒れる。

デュオは軽く打った頭を押さえながら運転しているトロワに言った。

「トロワ、なにやってるんだよ」

「……」

無言のままトロワは前方を差した。

裏路地に入ったこの車の前方に武装した四十人程の男達がいて、隊長らしき人物が拳銃を車に向けた。

「おとなしく出てこい!」

それを見たデュオはドアに掴まっていたリリーナに言った。

「どうやらお嬢さんの方に用があるみたいだな」

「ええ。そうですね」

と言ってリリーナはすぐに車から降りた。

デュオは追いかけようとするがトロワに腕を掴まえられた。

「私に何の用があると言うのですか?」

「言う必要などない、リリーナ・ドーリアン」

「貴方達に無くても私にはあります。その拳銃よりも」

「おとなしくするんだ。車の中の連中の命は惜しいだろう?」

そう言って答えていた隊長らしき人物が拳銃を車体すれすれに撃つ。

窓ガラスを破ったかもしれない銃弾がコンクリートにのめり込んだ。

それを見たリリーナ顔を険しくさせてから、その男達を威圧するように言った。

「その様な威嚇は私に必要ありません。私に必要なのは貴方達の答えです」

その雰囲気に気圧された一人がリリーナに拳銃を向けた。

「う、うるさい。来るのか、来ないのかはっきりしろ!」

そう言って引き金を絞ろうとした瞬間、影がその手に強い力を加えた。

そして一撃でその男を気絶させると、落ちた拳銃を拾って隊長らしき人物に向けた。

「おとなしくするのはお前達だ」

自分に向けられた拳銃の鮮やかな奪取を見て隊長らしき人物は叫んだ。

「野郎ども撤退だ」

その声に男達は気絶した男を運びつつ撤退していった。

そしてやっとトロワから腕を解放されたデュオはリリーナに駆け寄った。

「大丈夫か、お嬢さん?」

「私は大丈夫です」

デュオに一応答えてから拳銃を持ったまま立ち尽くしている人物に言った。

「それよりもヒイロ、記憶が戻ったの?」

余りにも『ヒイロ・ユイ』らしい行動を示したヒイロは、その声にハッとしてから自分の持っているものを見て驚愕した。

「オレは何を……」

 

 

 

再び会場に向かう車の中は暗い雰囲気に包まれていた。

いつもならそれを改善させようとするデュオさえ、考え事をしているためか黙ったままである。

やっと車が会場のあるビルに到着するとデュオはやっと口を開いた。

「お嬢さん先にいってヒイロにラウンジでも案内してくれないか。オレ達は車を入れてからそこに行くからさ」

「わかりました。ヒイロ、よろしいかしら?」

「……」

ヒイロは無言のままリリーナと共に車から降りて後についていく。

デュオは二人を見送ってから、車を運転しているトロワに言った。

「なんでオレをさっき止めたんだ、トロワ。」

「……それは仕掛け人から直接聞いたほうがいいだろう。カトルこの車に盗聴器を仕掛けてあるのだろう」

少しばかり声を張り上げたトロワの声に反応するように車内にあるモニターの画面にカトルが現れた。

「トロワは気付いてくれたんだね……ごめん、デュオ。ただ、ああでもすればヒイロに記憶が戻ると思って……」

瞳を伏せているカトルの表情から贖罪意識を感じているのをすぐに理解できたデュオはハッとしてからトロワを見た。

「もしかしてお前、車を止めた時点でわかってたのか!」

「ああ、あいつらがマグアナック隊だとはすぐにわかったからな」

「……」

「でもほら、『ヒイロ・ユイ』らしくなってきたじゃないですか」

無言のデュオにカトルは自らのフォローをしたが、その言葉を聞いてもデュオの表情は変わらない。

そんなデュオの様子にトロワもカトルを弁護した。

「カトルも今度の事で責任を感じてこんな茶番を実行したんだ。その心は汲んでやるべきだ、デュオ」

「トロワ……君までそんな事を……」

トロワの言葉にカトルはこれ以上無いほど落ち込んだ。

 

 

 

一方、雰囲気だけ『ヒイロ・ユイ』に戻ったヒイロにリリーナはラウンジへ案内する。

入り口近くまで来たリリーナは振り返って後ろを歩くヒイロを言った。

「今日は会議の後に演説の打ち合わせがあります。それが終了すれば帰宅できますので待って頂けませんか?」

「側にいろと言うのか……」

無表情で尋ねてくるヒイロにリリーナは笑顔を向ける。

「ええ」

「俺はお前を殺すのかもしれない……」

「そうね…毎夜殺してくれるのなら歓迎するわ」

「……」

リリーナの大人なギャグをヒイロは理解出来ずに無言を返した。

ヒイロの変わらぬ真面目さにリリーナは一度咳払いをしてから言った。

「私は知っているわ、あなたが優しい人だと。」

「……オレが、か。」

「だから私が間違った道を選ばなければ、ヒイロがそんな事をするわけがないわ」

「信用していると言うのか……」

疑惑を込めた瞳でヒイロはリリーナを見た。

リリーナはその視線に笑顔を返してからヒイロに言った。

「ええ。でも、過信ではなく、確信です。時間なので私は行きますからまた後で」

そう言って去って行くリリーナの言葉がヒイロを拘束させてしまった。

懐かしさと暖かさを感じるリリーナの言葉がヒイロの中に刻まれていった為に…

 

 

 

リリーナと行動を共にするようになったヒイロは与えられた部屋でパソコンを使っていた。

リリーナは『ヒイロ・ユイ』の過去を大まかに語るだけだったから。

だから、自分を必要としていないのか、とも思った。

だがリリーナはそんな子供染みた考えで動いていなかった。

今の自分を認めていたのだ『ヒイロ。ユイ』と。

そんな強さをヒイロは知りたいと思った。

記憶がない自分の現状に不安はなかったが、その強さを知りたいと思い、公式記録を調べていた。

そこに答えがあると思って。

その時、パソコンの画面がブラック・アウトし、文章が送り付けられた。

『この家に爆弾を仕掛けた。一時間後に爆破するようにセットした。とりあえず、この装置は大声にも反応して起動するとだけ忠告しておこう』

これを見たヒイロは無意識のうちに阻止するためのハッキングを始めた。

あの時と同じように、一時的な『ヒイロ・ユイ』になっていた。

そして解除方法をみつけたヒイロは特定した場所へ急いだ。

そう仕掛けられたリリーナの寝室に。

やはりリリーナはすでに寝ていたので、ヒイロはそっと起こした。

「リリーナ」

「…ヒッ」

真夜中の来訪にリリーナは大声を上げそうになり、ヒイロは口を塞いでから人差し指を自分の口元に合わせる。

それを見てリリーナは平常心を取り戻した。

「どうしたの、ヒイロ」

「このベッドに爆弾が仕掛けられた。それは大声に反応する。だから静かに降りろ。」

そう言われてリリーナはベッドから降りた。

その時、カチッという音がしてヒイロはとっさにリリーナの体を引き寄せて覆い被さった。

『大声だけではなく重さにまで反応するのか』とヒイロは気が付くがすでに時遅し、大きな爆音が……では無く小さな塊が天井に当たる音のみだった。

その音にヒイロは顔を上げると、そこには垂れ巻く付きの小形パラシュートが降下していた。

そしてその垂れ幕には『まだだな、ヒイロ』と書かれてあったのだ。

……賢明なる読者の皆様にはこれが誰の茶番であるかなど分かり切った事でしょうから敢えて省略させていただきたいと思います……

ちなみにこのような騒動は毎日のように続きました。

ですが今それを全て語る余裕はないためこちらも省略させていただきます。