HITO ―ひと― 1

AC196年のクリスマスに終りなきワルツが響いた。

果てしない永遠のようなリズムを奏でるワルツが。

コロニーにも、地球にも響いていった。

だが、人々はそのワルツを踊り終えようとした。

新しき時代の幕開けを人々が望んだから。

優しき者達だけが戦う時代に終りを告げる為にも。

この時、初めて地球圏は真の平和を迎えたのかもしれない、人々が平和を知ったのかもしれない。

エンドレス・ワルツを踊り終えたこの時から……

 

 

 

HITO ――ひと――

 

 

 

戦争の歴史の中で彼ほど純粋に、そして優しさを持った完璧な兵士などいなかった、と言っても過言ではないだろう。

そんな彼に小さな罠が掛けられてしまった。

そのためにとんでもない事態が起きてしまった。

彼が朝、目が覚めた時、なぜ自分がホテルにいるのかわからなかった。

それだけではなく、過去など自分の事がわからなかった。

そして隣に寝ている涼しげな格好の少女についても。

なのに、不思議と焦燥感に駆られたりはしなかった。

だから、ここに現れた四人の少年達の正体も目的も彼には理解出来なかった。

「ヒイロ、おまえってば大胆だな。おとなしい奴ほど切れやすいって本当だな、カトル」

「…なぜ僕に話をふるんだい、デュオ?」

「さすがだな、オレ達の姿を見ても驚かないとは」

「なぜ、貴様はそこまで落ち着いている」

口々に自分にいっているのであろう四人の言葉をただ彼は聞いていた。

それから彼は当たり前のように言った。

「お前達はオレを知っているのか」

その言葉に四人は呆気にとられたが、すぐに口を開いた。

「何言ってるんだ、お前らしくない冗談だな」

「そんなごまかしなんてらしくないですよ?」

「笑えない冗談だな、ヒイロ」

「へたな言い訳など見苦しいぞ、ヒイロ・ユイ!」

そう四人に言われても彼の表情は変化しなかった。

それには対して気にも止めていなかったが、彼の瞳にいつもの強さがないことに気が付いたカトルは慌ててヒイロに駆け寄りながら言った。

「ヒイロ、一体どうしたんだい。君らしくないじゃないか」

その声によって寝ていた少女……リリーナが目を覚ました。

「おはようございます、皆さん」

「おい、お嬢さん。ヒイロの奴、何かおかしいぜ」

そうデュオに言われたリリーナはヒイロの方を見た。

そして、ヒイロの瞳を見てリリーナは言った。

「私はリリーナ・ドーリアン……あなたは」

その言葉に対する驚きだけを示すヒイロの反応にリリーナはカトルに言った。

「中和剤をください」

「……え?」

「ください」

リリーナの迫力にカトルは反射的に薬を差し出した。

渡された薬をリリーナはすぐ、ヒイロに飲ませた。

だが、少しも変化も示さなかったヒイロはその場に居る一同に言った。

「お前たちはオレを知っているのか」

 

 

 

ヒイロを一人残して五人は隣の部屋に移って話し始めた。

「あの薬はただの前後不覚剤だろ?何でこうなるんだよ!」

「いや、オレ逹の計画を悟ったヒイロが仕返しのつもりで演技しているかもしれないな」

「いいえ、私をヒイロは忘れたりしません」

「いやに強気だね、お嬢さん。」

デュオはリリーナの言葉をからかうように言うが、その根拠は想像を絶するものだった。

「以前ヒイロに私を忘れたらピィ―(健全な読者様のお目を汚さぬよう伏せ字にさせていただきます)をしてでも思い出させると言いましたから」

「リ、リリーナさん…それは本当ですか……」

リリーナの迫力にカトルは引き絞ったような声を出した。

だがそれでもまだましで、他の三人は完全に沈黙している。

そんな反応を示されてもリリーナは変わらぬ表情のまま四人に言う。

「冗談です」

「ま、真顔でそんなこと言ってる場合かよ!」

「でも記憶喪失は本当だと思います…」

「中和剤が無効だと言うのか!」

リリーナの言葉に五飛は怒りの声を上げた。

トロワはやはり冷静に五飛の意見を否定した。

「いや、あの薬によってヒイロの中で何かが変化したと考えるのが妥当だろう。取り敢えず様子を見た方がいい」

「そうですね。薬に関してはウィナー家が総力を挙げて研究します」

というとカトルはすぐに部屋を出た。

トロワは隣の部屋に一人でいるヒイロの事を思い出して言った。

「では、ヒイロはどうする」

「取り敢えず、お嬢さんに頼まれてくれないか。大統領選が近いから大変だろうけどさ」

「大丈夫です。私に出来る限りの事はします」

「だから茶番などやめろと言ったのだ」

茶番…それはヒイロに前後不覚剤を飲ませて眠らせて起きた時、ちょっと凄い(どれ程凄いかはお任せします)リリーナが隣にいたらどんな反応を示すか、というものである。

だが前後不覚を起こすはずだった中国の秘薬はヒイロの全ての記憶を奪ってしまった。

「でもこの薬をウィナー家でつくってたのはお前なんだぞ。以前、ヒイロにほっとんどきかなかったの根に持ってて、必要以上に精製したから時間が掛かって、実行が遅れたんじゃねえのか?」

実はこの作戦、二ヶ月前に実行されるはずだったが、五飛の薬の精製に時間がかかってしまったのだ。

「うるさい。オレは帰る。仕事があるからな!」

らしくない一言を残して五飛は撤退していく。

リリーナは着替えた時につけた時計を見てから行った。

「余り時間がありません。話の続きは車の中でしましょう」

「そうだな。悪いな、お嬢さん」

「いいえ。私にも責任はありますから」

リリーナは少しばかり笑みを浮かべて言った。

 

 

 

というわけで、三人はヒイロの説得を試みたが…

「病人を一人で置いては行けません」

「記憶がないだけでオレを病人扱いするな」

「記憶がない状態はとても不安定だ。オレ自身もその経験があるが、いつも誰かが側に居たほうがいい」

「お前達には出来なくともオレには出来る」

珍しく三人の会話をデュオは聞いていた。

デュオも始めは説得したが、ヒイロの意固地さに口を閉ざしてしまったのだ。

そして、タイミングを計っていた。

「いい加減にしろ」

と言ってヒイロが立ち上がった時、デュオは一気に近寄り、みぞおちに会心の一撃を食い込ませて気絶させた。

その行動を見てトロワは淡々とデュオに問い掛けた。

「デュオあの時の仕返しのつもりか」

「何のことだ、トロワ。時間がないんだ仕方がないだろ」

が、デュオの顔は嬉々とした感情が隠せないほどに溢れている。

あの時を知らないリリーナはデュオの行為を素直に賛同して言った。

「ええ。今は仕方がありません……」

「そうそう、お嬢さんには時間が無いんだからさ」

と言ってからデュオはヒイロをおぶってから部屋を出ていき二人もその後をついていった。