有名なリゾート地の中心から少し離れた所にヒイロが向かった家があった。
そこは家の主人の性格を反映してか、夜中でも輝く様な豪華な別荘を広い庭アーチのある花道と著名な彫刻家の石像が引き立てていた。
だからヒイロは、その屋敷に正面から訪ねた。
そして、深夜だというのに執事は起きており、家主の私室に通された。
ヒイロの予想通りに、その部屋には少女がソファーに腰を掛けて雑誌を持っていた。
やはり部屋は家の外観と同様に豪華で、あまりの金色の家具の多さに一瞬ヒイロの目が眩んだ。
「随分と遅い訪問ね、ヒイロ・ユイ」
「……」
「それともみくびっていたの、民衆を?」
「…………」
「リリーナ様を過信していたのよね?」
と言った少女は、ヒイロを見上げながら挑発的な笑みを添えた。
だから、ヒイロは持ってきた拳銃を少女に突き付けてから言った。
「どうする気だ、ドロシー・カタロニア」
「私の手駒は全て知っているでしょう?」
「リリーナから人心を離してどうするつもりだ」
と言いながら、ヒイロは拳銃を構えたまま近寄った。
しかし、ドロシーも挑発的な笑みを崩さなかった。
「あなたがそんな戯れ言を言うの? やはり人は戦い続けなければいけないのかしら」
「……リリーナを苦しめたいというのか」
「あなたを、でしょう」
と言ったドロシーは、真剣な表情でヒイロを見た。
だから、ヒイロは言葉ではなく、殺気を込めた視線を返した。
「リリーナ様は平気よ。いつもあなたは逃げているのだから。でも、あなたは違う。今回、リリーナ様を助けると言う意味を悟ったから。そうでしょ、ヒイロ・ユイ?」
「………」
同じリアクションを繰り返すヒイロに対して、ドロシーは満足そうに微笑んだ。
そして、昔のようにお伽話を語りはじめた。
「ある所に、平和の為に命を懸けた人の名を受け継いだ少年と少女がいました。少女は対話で平和を築こうとし、戦乱の時代のヒロインとなりました。そして、多くの人々の支持を集めて平和を実現した少女は、生きながら伝説となりました」
ドロシーのお伽話の途中だったが、ヒイロは部屋から出ていこうとした。
なので、ドロシーは話しながら持っていた雑誌を床に落とした。
すると、閉じられていなかった扉が自動的に閉ざされて電子ロックだけではない施錠がされた。
なので、ヒイロは足を止めて振り返った。
「少年は戦う事で平和を築こうとしましたが、人々は理解してくれませんでした。ですが、人々は平和を求めていくに従い、その心を理解していきました。そして、少年は伝説とならずに人込みに紛れていきました。なぜ、同じ宿命を背負った二人がこうも違う結末を迎えたのでしょうか?」
ここで言葉を区切ったドロシーは、冷めかかった紅茶を一口飲んだ。
そんなドロシーの言動の全てを、ヒイロはただ見ていた。
「互いがそう望んだのかも知れません。もしかしたら、二人が同じ宿命を背負いつつも、違う道を選んでしまったとのかも知れません。では、同じ道を歩む事は出来ないのでしょうか?」
と、言ったドロシーはヒイロを見た。
だが、ヒイロは無言で窓へと近付いていた。
なので、ドロシーは背を向けるヒイロに対して、一瞬だけ慈しみに満ちた笑みを向けた。
そして、すぐに挑戦的な笑みへと変化をさせたドロシーはヒイロへ冷たく告げた。
「逃げると言うの、ヒイロ・ユイ? だったらもう一度、自殺するといいわ」
「俺は死ぬ気などない」
「ならば、逃げるしかないわね、この部屋から逃げる様に……あなた達の幸せを願う私達から!」
とドロシーは言ったが、言われた本人はすでに屋敷の外にいた。
そしてそこには、ヒイロの脱出を見計らった様に闇に溶けるような黒いベンツが待っていた。
「話があるんだ、入ってくれるかい?」
と、カトルに言われたヒイロは、珍しくも素直に乗車した。
そんなヒイロに対して、広い車内でカトルの隣に座っていたトロワは問い掛けた。
「お前はどうするつもりだ」
「どうさせたんだ、トロワ、カトル」
と、ヒイロが言うと対面する様に座っていたカトルは静かに語り始めた。
「先日、リリーナさんから僕に見合いが申し込まれた………どうして驚かないの?」
「……茶番を邪魔するつもりはない」
「ヒイロ! 君はリリーナさんを守らないのと言うのかい!」
と、カトルは激昂したが、ヒイロの無表情は変わらなかった。
「リリーナは平和をつくろうとしている。それに俺は必要ない」
「リリーナさんには必要だよ!次期大統領には必要無いとしても」
「窮地のリリーナの側に居た事はない。一度も」
「だが、帰る場所は誰にでも必要だ。何時までも走り続ける事が出来るほど、人は強くない」
ヒイロの強硬さから、カトルに任せていたトロワが隣から口をはさんだ。
「お前の感情が否定するなら、俺達は何も出来ない。だが、否定するのは感情ではないだろう。そうでなければ守ってきた理由がない」
その言葉にヒイロがハッとした時、車が止まった。
なので、先程まで激昂していたのが嘘の様な、穏やかな笑みを浮かべたカトルがヒイロに告げた。
「ヒイロ、君が逃げる事はもう無いよ」
と、カトルが言い終わると、車のドアが開いた。
そこは木々が多い小さな都市型の公園で、車道から少し離れた人口池を囲む柵の所にリリーナが居た。
――さかのぼる事数時間前、リリーナが貸し切った時代がかったレストランのVIPルームで待っていたのはカトルではなく五飛だった。
似合わなそうで、意外に似合っている花の多い部屋に五飛がいた。
「張五飛……カトル君は呆れて来ないの?」
「そうだと言ったらどうする」
「……でしたら、あなたの用件を聞きます」
五飛が理由無き行動はとらないと、直感で悟ったリリーナは単刀直入に聞いた。
なので、五飛はその能力に感心をしながら、一通の手紙を差し出した。
「お前が本気なら、これを案内した場所で渡せ」
「これは……カトル君と私の見合いの招待状?」
渡された手紙は、関係者各位に送られた招待状だった。
リリーナはこの手紙の意味を悟ると、すぐに受け取って毅然とした表情で告げた。
「そこに案内して頂けますか?」
――と言うわけでリリーナはここに居た。
そして、ヒイロが車から降りて来て、あと数歩まで近付いた時、リリーナは手紙を差し出した。
「ヒイロ、私とカトル君のお見合い、もちろんいらしてくれますよね?」
余りにも自虐的な言葉を、リリーナは涙一つこぼさずに言った。
しかも、リリーナの瞳はいつもより美しく輝いたままで、ヒイロを真っ直ぐ見つめていた。
そして、緩やかな上弦の唇には強い意志が秘められ、全身には気品が溢れていた。
誰もが肯定せざるえない雰囲気を、今のリリーナは有していた。
それに気圧されたのか、ヒイロは素直にそれを無言で受け取った。
その時、それまでリリーナに有った全てを崩す様に一筋の涙が瞳からこぼれた。
同時に、ヒイロは受け取った招待状を二つに引き裂いた。
それから、ヒイロの不思議な行動に驚くリリーナを片手で引き寄せてから、もう一方の手で涙をぬぐってから耳元で囁いた。
「お前を殺す」
「こーんな事になるとはなぁ」
「そうだな、こういう展開になるとは思わなかった」
「でもヒイロらしいですよ」
「…………」
のぞきながら話し合っている三人を残して、五飛は無言で去っていった。
当然のごとく、かれらもドロシーと結託をしていたのだ。
そして、この展開を見守っていた。
少し、いや、ほとんど興味本位かもしれない。
それでも、彼らなりに心配をしていたのだ。
ヒイロとリリーナが結ばれる事がないだろうと思っていたから、世情からも。
「ま、お嬢さんだって人並みの幸せを持つ権利くらいはあるだろう?」
「そうですよ。もちろん、ヒイロにだって」
「めでたし、めでたし、か?」
そう言い合ってから、三人は笑いあった。