「昼間っから盛るのもいい加減にしておいたら?」
「お、お前は!」
「ま、まりな! なんでここに?」
そう弥生に言われたまりなは、ヘアピンを元の形に戻しながら小次郎にあきれた目線を返した。
「私程度だって、これくらいの鍵はどうにかできるわよ? 第一、ここに来るように言ったのは貴方でしょう」
「あ、そういえば」
「……まりなが来る事をわかっていながら、私を押し倒したのか、貴様は!」
烈火の如く怒る弥生に対して、小次郎はしどろもどろに答えた。
「いや~最後までする気はなかったんだけど、あんまりにも弥生ちゃんが可愛かったからつい……」
「だから貴様は下半身生物なんだ! だいたい貴様は……」
「あ~痴話げんかなら後にして。これでも私は多忙だから」
「べ、別に私とこいつは恋人なんかじゃ……」
照れから否定しようとする弥生の言葉を、小次郎は乙女チックに否定した。
「ひどいっ! あの夜に『愛してる』って言ってくれた言葉は嘘だったのね!!」
「それは私のセリフだ!」
「……私、今は拳銃所持の許可が下りてるから、いくらでも発砲できるんだけど?」
と言ったまりなは、スカートのスリットに手を伸ばして隠してある拳銃を取り出そうとした。
それを見た小次郎と弥生はあわてて謝罪した。
「わ、わかった。だから、その物騒なモンは仕舞ってくれ!」
「すまない、まりな。この馬鹿に乗せられてしまった」
「弥生は気にする必要はないわ。反省はこの馬鹿だけがすればいいことだから」
そういわれた小次郎は返す言葉をなくし、無言を返す事しか出来なかった。
「で、やっと口を閉じてくれたそこの貴方、用件だけを言いなさい」
「……俺に対しては随分な態度だな?」
「だったら『お母様』にでもなってあげましょうか?」
とまりなが言った時、再び小次郎は口を閉ざすことしか出来なかった。
事情を知らされていない弥生は、素直な疑問をまりなに問いかけた。
「まりな、『お母様』ってどういう意味だ?」
「男にとって、女は『母親代わり』だって言う意味よ。深い意味は無いわ」
「確かにこんな男相手では、そうしなければまともな会話も成立しないからな」
そう同意した弥生に対して、小次郎は伺うように問い返した。
「弥生サマ?」
「そういわれたくなかったら、探偵としての能力以外でも『あの人』を越えてみせなさい。そうすれば、オジサマも安心して草葉の陰で眠れるってものよ?」
そう言ったまりなに対して小次郎は軽口を返した。
「……それが出来れば今回のみたいな苦労はしなくてすむ」
「……本当に男ってどうしようもない生き物ね、だからこそ愛おしいってコトなのかしら?」
「……仕事の方は大丈夫なのか、まりな?」
二人の真意に気付けない弥生は素直にまりなの心配をした。
「あ、ごめんなさい。本当に余裕が無いのよ、今の私は。今関わっている事件への情報提供でなければ、止めるなんて無粋な真似をする程、今は飢えていないし」
「……おまえって、本当に女なのか?」
「それはあの世へ逝って、直接聞いてきてみたら?」
「それが出来たら、お前も逢いに行くって?」
「それはしないわよ。そういう覚悟もしていたつもりだったし」
「まりな?」
二人の話している内容がわからない弥生はまりなに疑問を投げかけた。
だが、真実を語るつもりは無いまりなは話の修正だけをした。
「あ、ごめんごめん。で、アレを知っている人間がいるって本当なの?」
「ああ、情報収集をしていた時の世間話として聞いたから、裏は取れていないがな」
「たとえ『噂』であっても、今回のようなケースでは有益だわ」
「ああ、だから裏をとる前にお前へ連絡をした。情報はくれてやるから『後』は頼んだ」
「……自分の尻拭いくらいはできるようにならないと、オジサマのように素敵な奥さんはもらえないわよ?」
そういうまりなに対して、小次郎は軽口を返しながら出入り口へ向かった。
「俺にはもったいなさ過ぎて、手に入れられないよ」
「小次郎!」
と弥生が叫んだが小次郎の歩みは止まらなかった。
「今夜は俺が夕食を作って、お前の帰りを待っているからな」
「そうじゃない、小次郎!」
あくまでも引きとめようとする弥生に対してまりなは軽く止めた。
「今は無駄だって、わかってるんでしょ、弥生も」
「それは……わかってる。だけど、私は『女』なんだ、『納得』は出来ない!」
「それはわからせてやればいいのよ、あの馬鹿に。言われて傷つかなきゃわかんないんだから……手遅れになる前に」
まりなが告げない真実に対して弥生は不安げに名で問いかけた。
「まりな?」
「あ、なんでもない、ごめん弥生。そろそろ帰るわ。もらった情報の裏を本部長にお願いしないといけないし」
「それはかまわないんだ、だけど……」
そう弥生がまりなから事情を聞こうとした。
だが、まりなは告げる事を良しとしなかった。
「ごめん……今日は帰らせて。あの男の愚痴ならいくらでも付き合うから、お酒を用意してくれれば」
「まりな……」
「安心しなさい。天城小次郎は、弥生がどんなに変わっても、堕ちても、絶対に『棄てない』から。それだけは『絶対』よ」
そうまりなに言い切られた弥生はつぶやく様に答えた。
「……だから、私は弱いままでいる事しか出来ないんだ」
「弥生……」
「今は聞かない。だけど、いつかは話してくれるだろう、まりな?」
と言われたまりなは真実を語るつもりがない覚悟を再びしてから答えた。
「ええ、『いつか』は」
「その日を楽しみにしている。私も早くこの書類の山を片付けて、家に帰りたいしな」
やっと軽口を叩ける様になった弥生に対してまりなも軽口を返した。
「そうね。お邪魔しちゃったから、体が疼いているんでしょうし?」
「まりな!」
と叫んだ弥生に対して、まりなはウィンクを返してから去った。
「たまには素直になんなさい、ベッド以外でも。これは親友からのアドバイスよ?」
「……まったく。本当に『変わらない』な、まりなも」
『EVE burst error』(SS版)の後日談設定です。
このゲーム後、小次郎と弥生が恋人関係に戻らなかったり、まりなが海外へ向かっていたりしますが、あえて小次郎と弥生は元鞘に戻り、まりなが日本に残って二人の事を近くで見守っているという独自設定になっています。
なので、原作重視の方がご覧になっている場合はすみません。
また、小次郎が途中退場する為、後編は一人称ではなく三人称となっています。