MIND EDUCATION  ―心の拠り所ー 2

一週間が過ぎた頃に大きな会議があったが、事前のレクチャーとカトルの助けによって、何とかドーリアン外務次官の異変に気付かれる事はなった。

会議終了後にため息をついたリリーナは、参加者への挨拶を済ませてから退室した。

すると、待ち構えていたように一人の審議官が近づいてきた。

「すばらしいテロ対策でした、ドーリアン外務次官」

「有り難うございます、ノルベ審議官」

「妙な噂を耳にしたものですから……安心しました」

「妙な噂、ですか?」

「ええ。ドーリアン外務次官は体調を崩されて長く休職される、と」

「ご心配をお掛けして申し訳ありません。ですが、私は大丈夫です」

記憶喪失とは思えない程、リリーナの笑みは自信に満ちていた。

そんなリリーナに対して、ノルベ審議官は一礼をした。

「失礼な事を申しました、どうかお許しください」

「いいえ、お気になさらないでください。そのような噂が流れる、私が悪いのですから」

「そう言って頂けると有り難いです、ドーリアン外務次官。では、失礼します」

そう言って、ノルベ審議官は再び一礼をすると、エレベーターのあるホールに向かった。

再びため息をついたリリ-ナはまた声を掛けられた。

「流石ですね、ドーリアン外務次官」

背後からの声を確かめようと振り返ったリリーナの瞳に、微笑むカトルが映った。

「冗談はやめてください、カトル君」

「本当ですよ、とても一夜漬けとは思えません」

そう言われたリリーナは少しだけ目を細めながら問い掛けた。

「何かあったのでしょうか?」

という、リリーナの静かな怒りに対して、カトルは肩をすくめながら答えた。

「いいえ、何も。ただ『帰りが遅い』と、ヒイロが言ったからこちらに来ただけです」

「そうですか。有り難う、カトル君」

「いいえ、これくらいの事しかできませんから」

そう言ったカトルは、去っていくリリーナを笑顔で見送った。

そして、すぐにノルベ審議官の去っていった方へ視線を向けた。

 

 

 

「……か。リリーナ、聞いているのか?」

「え……?」

後部座席に座っていたリリーナは、伏せていた顔を上げ、運転席の方を見た。

そこには自宅の駐車スペースを背景としたヒイロがいた。

「ごめんなさい。私、寝ていたのかしら?」

「早く私室で休め。今日の予定は終了した」

と言ったヒイロは、リリーナが座っていた後部のドアを開いた。

ぶっきらぼうな物言いとは相反する、気遣いに秘められた優しさに気づいたリリーナは、ヒイロに笑みを向けた。

「……そんなに優しくされると困るわ、ヒイロ」

そう言われたヒイロがリリーナを見た時、ひどく戸惑ってしまった。

微笑むリリーナの瞳があまりにも悲しげだったから。

「リリーナ?」

「わからないの、ヒイロ……」

「……」

無言のまま、ヒイロはリリーナに手を差し伸べた。

差し出されたヒイロの手に自分の手を預けながら、リリーナは車から降りた。

「私を……リリーナ・ドーリアンを、人々が求めている事は良くわかりました。平和に貢献できるからでもある事も。でも、私がこの道を選んだ理由がわからないの」

そう言ったリリーナは、ヒイロを真っ直ぐ見つめた。

そんな視線へ応える様に、ヒイロもリリーナを見た。

「急に思い出す必要などない……そう言った筈だ。現状に不満を持っているのか?」

「そうではないわ。ただ、私は知りたいの。なぜ記憶を失ってもあなたは変わらないのかを」

「俺……が?」

「能力を欲するものにとって、人格など必要ないわ。でも、あなたは違う気がするの。なのに、あなたは私に記憶を求めない。求めていたお母様も、あなたに感化されて言わなくなったわ。私を身近で守ってくださる方達も」

「俺の事など気にする必要はない」

「そう言うと思ったわ、あなたなら。でも、私が記憶を失ったと知った時、あなたが一番悲しそうな瞳をしていた。なのに、決してそれを周囲に悟らせない……それくらい強いあなたに、そこまで思われる存在がいるのかがわからない。だから、私は知りたいのです」

「……」

「それが現状に不満を持たない自分と、記憶の糸口を見つけることだと思うの」

「ヒイロ?」

「俺が振り回されていたように、お前もそうだった。だが、その波は普通ではなかった」

「……っ、ヒイロ?!」

ヒイロに口移しで即効性の睡眠薬を飲まされたリリーナはすぐに意識を手放してしまった。

「必要になれば思い出す、お前が必要と思えば。だから、俺の事などで焦るな、リリーナ」

 

 

 

意識を失ったリリーナを、ヒイロは寝室のベッドに運んだ。

そして、リリーナの安らかな寝息を確認すると、ヒイロはあっさりと退室した。

なので、ヒイロの退室を戸外で待っていたデュオはからかうような口調で問い掛けた。

「お姫様を独り占めしたくなっただろう?」

「……」

「深窓の姫君より、眠り姫だったとはねぇ。寝ているのが趣味なのか?」

そこまで言われたヒイロは、すぐに立ち止まってからデュオをきつく睨んだ。

一応、足止めには成功したデュオは、肩をすくめながらも口調は変えなかった。

「そういう怖い顔すんなよ、ヒイロ。ほらデータ。お前さんの読みは当たってたよ。裏付けは2人でも大変だったけどな」

デュオが差し出したディスクを受け取ったヒイロはその場から消えた。

「あーあ。お嬢さんを放っといていいのかよ」

「それだけ、俺達を信用しているということだろう」

と言ったトロワは、ぼやくデュオの背後から声をかけた。

そういう登場に馴れてしまったデュオは振り向かずに、トロワへ問い掛けた。

「あっそ。でも、なんでお嬢さんの記憶がよみがえんないんだよ、ヒイロが側にいるのに」

「必要が無いからだろう」

「何でだよ……実はお嬢さん、ヒイロが嫌いだったとか? 変な奴だからなぁ、ヒイロって」

「そのまま本人に言ってやろうか、デュオ」

さらりと返されたデュオは、それを想像して身震いを起こした。

なので、デュオはトロワに口止めをした。

「おまえ、オレに殺意でもあるのかよ!」

「俺が、ではない」

あくまでも冷静なトロワに対して、デュオは降参の意を返した。

「……へいへい、オレがわるうございましたっ」