悋気~嫉妬してくれますか?~公瑾編

久方ぶりの休憩中に花が私室でお茶を飲んでいると、唐突に現れた尚香が乱入してきた。

「泣き寝入りされるのですか!」

という尚香の問いは、率直であるが故に、花にもすぐに察する事が出来た。

しかし、あえて見過ごしている事であったが故に、あいまいな笑みで応えた。

だが、それも予測していた尚香はおさめきれない怒りを花へとぶつけた。

「今の公瑾に余所見なんて有り得ないし、花さんが信頼しているのもわかりますわ。でも、あの女達の暴挙をただ見過ごすなんて、私は納得できません!」

「ありがとう、尚香さん。でも、私みたいに容色も後ろ盾もない女の子を正妃に出来るように配慮してもらえて、公瑾さんからも私が唯一の女性だって言ってくれただけで十分だから……」

「花さんは我慢しすぎですわ! いくら公瑾の地位が高くても、唯一と決めた女人を大切に守る事も出来ない甲斐性無しには結婚資格なんてありませんわ!」

そう尚香は、抑えきれない怒りを爆発させた様に、強い口調で公瑾の言動を非難した。

それを聞いた花は、曖昧だった表情を引き締めたが故に、尚香は静かな強さを感じた。

「……尚香さんが私の事を思ってくれるのはとても嬉しいです。でも、公瑾さんは私の大切で唯一の人なんです。だから、公瑾さんの事は私も守りたいんです」

という花の言葉は、怒りで我を忘れていた尚香を落ち着かせるくらい強くも静かだった。

それ故に、尚香は素直な謝罪と同意を言葉にして花へと返した。

「……ごめんなさい、言い過ぎましたわ」

「いいえ。尚香さんの気持ちはとても嬉しいですから」

「……では、言葉を改めて言いますわ。公瑾の隣は花さんが当然である事をあの女達に思い知らせる、というのはどうでしょう?」

「具体的に言うと?」

そう花が、提案を肯定も否定もしなかった為、尚香は策略を感じさせる笑みを見せた。

「花さんは舞や歌は得意ですか?」

「うーん、歌いながら踊るのは好きですけど、あくまでも趣味ですよ?」

という答えを聞いた尚香は、すぐに座っていた花を立たせると部屋から出ようとした。

「なら話は早いですわ! さっそく兄上に会いに行きましょう!!」

「え?」

「兄上は舞が得意ですから、公瑾の音に合う舞をきちんとした視点で見定めてくれますわ」

「で、でも、仲謀さんも忙しいんじゃ……」

そう花は、再び暴走しかけている尚香に冷静さを求める様に現実的な問いを言葉にした。

しかし、その問いが想定内であった尚香は、あえて花と共に仲謀の執務室へと向かった。

「公瑾を出し抜く為だと知れば、即行で協力してくれますわ!」

「……公瑾さんを出し抜く?」

「ええ。花さんが公瑾の琵琶の音に合わせて、歌いながら舞うんです。きっと綺麗な対になって、喧しい外野も黙るはずですわ!」

という尚香の提案は、花には想定外で実現不可能な事だと思った。

「そ、そんなに綺麗な舞なんて踊れないし歌えません!」

「大丈夫ですわ。公瑾の対には、あなた以上の人はいませんから、安心してくださいな」

そう尚香が朗らかに花の弱気さを笑い飛ばした為、不安げでも受け入れる様に問うた。

「……仲謀さんが了承してくれます?」

「ええ、それも請け負いますわ!」

と朗らかに断言された花は、ようやく花を綻ばせる様な笑みを見せた。

その笑みを見た尚香は、花が公瑾の対に相応しいという持論が正しいと思った。

 

 

 

仲謀が執務室にいなかった為、尚香は大喬と小喬から居場所を聞いた。

そして、久方ぶりの休憩を堪能していた仲謀に対し、尚香は特攻する様に声をかけた。

「というわけで兄上、花さんに舞を教えてくださいな!」

そう尚香に告げられた仲謀は、一番的確に説明が出来るだろう花に状況を確認した。

「……説明しろ、花」

「えっと、宴で舞う踊りを教えて欲しいんです」

「なんで舞なんて必要になった?」

という仲謀の問いに対し、あえて花から回答権を奪う様に、尚香が企みを叫んだ。

「公瑾を出し抜く事と、公瑾の取り巻きを自称する女達を黙らせる為ですわ!」

「……へー、尚香にしては良い案じゃねぇか。宴の準備も用意してやるよ」

そう仲謀は、尚香の企みを的確に察し、意地の悪さを感じさせる笑みで了承した。

あっさりと了承が得られたが故に、花は再確認する様に問い返した。

「え、良いんですか?」

「俺に話を持ちかけた時点で、遠慮なんてしてないだろ。それに、公瑾を驚かせるなんて事、滅多に出来ねぇからな。協力はしてやるよ」

「……ほんとはあの女達を黙らせる方が主要因ではないのですか、兄上?」

と尚香に問い返された仲謀は、少しだけ頬を赤く染めつつも偉そうな態度で答えた。

「協力するっていう俺様の好意は素直に受け取れ! まあ、確かに俺もあの女達は黙らせたいとは思ってるが」

「本当に兄上は素直じゃないですわね。では、今日からでも舞の教授と宴の準備を始めてくださいな」

「そうだな。とりあえずお前がどれくらい舞えるかを見てから、だな」

そういう仲謀の視線と言葉の内容故に、花は自分の力量をあえて過小評価した。

「えっと……私の方はあくまで趣味の範囲だし、ただ適当に歌いながら踊るだけだよ?」

「適当の方が難しいだろ。即興ってのは基本が大事だからな」

という仲謀の答えは、カラオケという存在をどのように説明すべきかと花を迷わせた。

だが、迷う花とは対照的に、仲謀と尚香はそれぞれの役割分担を確認しあった。

「では、私は花さんに見合う衣装の準備をしますわ! あとはお願いしますね、兄上?」

「ああ。今日の夜から適当に時間を作ってやるから、花、お前も空けておけ」

そう仲謀に告げられた花は、日本にいた頃の習慣を思い出して教えを請う事にした。

「よろしくお願いします、仲謀先生!」

という花の、否、日本の学生間では当たり前な言葉を聞いた仲謀は明らかに硬直した。

そして、尚香は花の意外性に驚きつつも、公瑾との意外な共通点だと思った。

また、ただ驚いている仲謀と、ニヤニヤしている尚香の態度が、花には不審だった。

それ故に、花は自身の言動の影響力に気付く事なく、首をかしげながら問いかけた。

「あ、あの、教えてもらう時って、相手の事を先生って呼ぶものだと思って……」

「……花さんって公瑾以上の素質が有ったのですね」

そう尚香は花の天然な言動をそう称し、仲謀も意地の悪さを感じさせる笑みで答えた。

「……今度、公瑾も居る時に言ってみろ、面白いもんが見れるぞ」

と言われた花は、仲謀の言葉の意味も、尚香の言葉の真意に気付かなかった。

そして、大喬と小喬を経由して聞いた公瑾により、花が大変になるのは別の話で……

 

 

 

そして、花が仲謀から舞を教わってから数日後。

花に多大な好意を持ち、同じ執務室で仕事をしている公瑾は『それ』に気付いた。

だが、花と仲謀の仲を全く疑う気はない公瑾に対し、大喬と小喬が牽制をした。

その理由も察した公瑾はあえて大喬と小喬にその意図を確認する様に問うた。

「……大喬殿に小喬殿。なぜ私の前に立つのですか?」

「だって、ねぇ?」

「うん。公瑾が悪いから、だよねぇ?」

そう大喬と小喬が質問に質問を返した為、率直な答えを求める様に詳細も問うた。

「……私はただ花殿が隠し事をしているから、それを知ろうとしているだけです」

「だって、それも公瑾が原因だもんねぇ?」

「公瑾が甲斐性無しだから、仲謀を頼っただけだよねぇ?」

「……仲謀様と花殿の密会についても事情をお知りのようですね?」

と問い返した公瑾は鉄壁の笑みを添えながらも強い視線で再び追及する様に問うた。

しかし、その様な氷の笑みや視線に慣れている大喬と小喬はニヤリと笑って答えた。

「公瑾は嫉妬する前に、自分の身を潔白にする必要があるよ」

「そうそう。じゃないと花ちゃんに嫌われちゃうよ?」

「その様に言われる覚えは全くありませんが?」

「自覚なしだから、問題なんだよねぇ」

「花ちゃんもこれから苦労しそうだよねぇ」

そう大喬と小喬が告げる言葉を聞いた公瑾は、小さくも大きい情報から推測に至った。

それ故に、公瑾はあえてはぐらかしている大喬と小喬に確認する様に問いかけた。

「……私に事情を探るな、花殿の行動を見逃せ、というのですか?」

「そうそう。公瑾は頭の回転は良いよね」

「乙女心にも、それくらい気付けば簡単なのにねぇ」

という大喬と小喬のあてつけめいた言葉に対し、公瑾は更に推測を言葉にした。

「……では、仲謀様と花殿の密会には理由が有って、それが私の為だと言うのですか?」

「数日後には謎も解けるし、2人が密会するなんて事もなくなるよ?」

「そうそう。あと数日だから、楽しみにしてると良いよ~」

そういう大喬と小喬の答えから、公瑾は数日後に有る急な宴へと思い至った。

そして、その宴を提案した時の仲謀の笑みも思い出した公瑾はニッコリと笑った。

「……わかりました。探る事はしないと約束しましょう」

 

 

 

仲謀が主催した急な宴は、主催者の提案による公瑾の音と花の歌と舞で盛り上がった。

それ位、公瑾の奏でる音に合わせて歌い舞う花の姿は天女の様に清らかで艶やかだった。

それを演奏しながらみせられた公瑾は、近づいてきた仲謀に鉄壁の笑みで問いかけた。

「……仲謀様」

「あん、何だ?」

「……仲謀様が花殿に舞を教えたのですか?」

という公瑾の問いは仲謀にとっても想定内だったが故に、意趣返しの様な笑みで答えた。

「ああ、意外と素質が有ったから、教え甲斐もあったぜ?」

「理由をお聞かせ願えますか?」

「花が動く理由はお前の為だろ。まあ、俺はお前の笑みが崩れている方が重要だけど」

そう仲謀が答えると、3人の企みの意図と成功にも気付いた公瑾はあえて笑みを消した。

「……そうですか。では退席させて頂きます」

という意味を仲謀が問う前に、公瑾は琵琶を持ったままその場で倒れた。

それを見た花は慌てて公瑾に近寄ると介抱する様に抱き寄せて意識を確認した。

「大丈夫ですか、公瑾さん!」

「……あー、公瑾も忙しかったからな。今日はゆっくり休め。花、お前は付き添ってやれ」

そう仲謀は先程までの盛況さとは違うざわめきを治める様に告げた。

それを聞いた花は、倒れている公瑾の身を支えながら仲謀の配慮に感謝をした。

「ありがとうございます、仲謀さん。じゃあ、公瑾さんは私に肩を預けてください」

「すみません……」

「私は大丈夫ですから、安心してください」

と答える花は、公瑾を安心させる様に穏やかでも強さを秘めた笑みを見せた。

その笑みに魅せられた公瑾は、内心の戸惑いを隠しつつ演技を続けた。

「……有り難うございます」

「それじゃあ、失礼します」

そう答えた花の身を心配しつつも、恋路を邪魔する気はない仲謀は適当に答えた。

「ああ、しっかり付き添ってやれ」

 

 

 

花が支える公瑾の身体が軽くなるのは不審だったが、倒れた事実の方が不安だった。

そして、花の不審が確信になる前に、公瑾の私室に着いた。

それ故に、花はほぼ支える必要がないと思われる公瑾に対し、あえて状況を確認した。

「大丈夫ですか、部屋に着きましたけど、横になった方が……」

と、花に問われた公瑾は互いの体の距離を無くしてから強く抱きしめた。

その行為で公瑾が倒れた事が作為だと気付いた花はただ確認する様に静かに問いかけた。

「……どうして宴を退席したのですか、偽りを理由にしてまで」

「あなたの美しさを独占したいが故ですよ」

「え……」

「私の奏でる音に合わせて歌い舞うあなたは天女のように美しく、見る者すべてを魅了していたのですから、婚約者の私が嫉妬で狂ってもおかしくないでしょう」

そう公瑾に評された花は、手放しな称賛への驚きから顔を真っ赤に染めた。

そして、花の美しさを褒め称えた口調のまま、3人の企みを看過した言葉を口にした。

「ええ。あのような舞を見たら、私の元へ婚儀や妾志願をする者はすぐに減るでしょうね。あなたに軍師以外の才も有ったとは思いませんでした」

という公瑾が、全てを見抜いた事に花は驚きつつも、小さくも違和な事を言葉にした。

「……それだけじゃないですよ?」

「え?」

「公瑾さんの音に合わせて舞っていたら、すごく気持ちが良かったんです。まるで公瑾さんに抱かれているみたいで……」

そう花に告げられた公瑾は、舞を見せられた時以上に強い欲求と対峙させられた。

だが、まだそれを花に見せたくなかった公瑾は、乾いた声で冗談めかした。

「……それは私を欲していると思っても良いのですか?」

という公瑾の問いに対し、先程まで全てを魅了したとは思えぬ幼い反応を返した。

「いえ、ち、違い……いえ、違わないんですけど、まだ早いっていうか、怖いっていうか」

「……」

「公瑾さん……?」

「すみません。からかったつもりはないのですが、あなたの反応があなたらしくて」

そう公瑾は無言で笑いをこらえていた事と、それ故に消えた強い欲の事を誤魔化した。

そして、怒っていると思われる花の機嫌を伺う様に、公瑾は片手を取ると口づけた。

「ただ、私がいない時は決して舞わないと、舞う時は私の為だけに舞う事を約束してくださいませんか?」

「……はい。約束します」

と答えた花は、怒っていたのが嘘の様な艶やかな笑みを公瑾に見せた。

それ故に、公瑾も普段の笑みと明らかに違う素の笑みを花に見せた。

「ありがとうございます……」

 

 

 

 

 

『三国恋戦記』の連続更新の最後である公瑾編は一番登場人物が多くなりました。

その分、小説もコンパクトにまとめる事が出来ず、長くなりました。

一応、削れる部分は削ったのですが、コンパクトは難しいですね。

また、公瑾さんですが、もう少し乙女さも出したいと思ったのですが、

今回は公瑾さんの鉄壁の笑みを崩す事を目標にしてみました。

ただ、文字でしか書けない為、その崩れた笑みは想像して頂く事にはなるのですが。

 

そして、『三国恋戦記』の連続更新に最後までお付き合い頂き、有り難うございました。

本編をフルコンプしてからの日も浅く、読み漁っている二次創作も少ない状況ですが、

これから時間を作りながらも長く付き合いたいと思っています。

だた、年単位の更新となる可能性は高いですが、頑張りたいとも思っています!