悋気~嫉妬してくれますか?~文若編

銅雀台での仕事にも慣れ始めた頃、花は人が少ないと知っている場所で溜め息を吐いた。

だが、同じ様に人が少ない場所を知る孟徳は緩んだ笑みを浮かべながら花に声をかけた。

「憂い顔の花ちゃんも可愛いけど、文若なんかの所為で沈む表情になるのは許せないな」

「孟徳さん……」

そう名だけを言葉にした花に対し、孟徳は独り言のようにただ言葉を続けた。

「文若に乙女心への配慮が有るなんて、俺も期待してないけどね」

「文若さんが悪いんじゃなくて……私が悪いんです」

「……悩みを教えてくれたら、解決方法を教えられるくらい、俺って恋愛経験豊富だよ?」

という孟徳の茶目っ気のある答えは、花に少しだけ笑みをもたらした。

だが、すぐに花は重さを感じさせる思いつめた表情で孟徳に問い返した。

「私相手では……文若さんに触れてもらえないのでしょうか?」

「……文若が花ちゃんを女として見ていないなんて、有り得ないと思うけど?」

そう孟徳が問い返す理由に思い至った花は、彼の策による2人だけの夜を思い出した。

それでも、文若に恋する乙女として、花は確信が持てないのも事実だった。

「そうでしょうか……」

「うーん。そうだなぁ……それを確かめる方法は無い事もない、かな?」

「方法、ですか?」

「うん。ただ、文若の理性が崩壊した時の責任は取れないけど」

と言われた花は、孟徳の言葉の意味がわからず、ただ首をかしげた。

その様な愛らしい花に対し、孟徳は安心させるように微笑みながら力強く言葉を続けた。

「ま、とりあえず準備期間が必要だから、決行は1週間後かな」

「え、そんなに大事になるんですか?」

そう花は、孟徳の言葉の重さにようやく気付いて躊躇いながら戸惑った。

しかし、自身の『力』を知った上で使い慣れている孟徳はただ微笑みながら問い返した。

「大丈夫、大丈夫。俺も文若の『こたえ』には興味も有るし、楽しみだから。それに知りたいでしょ、文若の想いが」

「……よろしくお願いします」

「うん。素直な花ちゃんも可愛いね。準備は俺が完璧にするから安心しててね」

という孟徳の言葉を頼った事を、1週間後の花が後悔する事を知らなかった。

そして、その様な未来を知らない花は、ただ孟徳の親切という名の策を受け入れた。

「はい。ありがとうございます、孟徳さん」

 

 

 

花が孟徳に相談してから1週間後。

仕事場である文若の執務室へと花は盛装をして現れた。

花に似合う艶やかな盛装を見た文若はただ眉間のしわを増やした。

「……お前は仕事に対する認識が良くなったと思っていたのだが?」

そう文若に問われた、否、叱責する様な口調に対し、花はあえて問い返した。

「……似合いませんか?」

「今は宴ではない。執務の時間だ。そんなに飾り立てても仕事の邪魔にしかならん」

「孟徳さんは太鼓判を押してくれたんですが……」

と花が告げた時、書簡を整理していた手を止めると、文若は強い口調で名を言葉にした。

「……花」

「はい?」

「その服は丞相が用意されたのか?」

「はい。孟徳さんが……?!」

そう答えられた言葉を聞いた文若は、花の身に自分の上着を着せてから横抱きをした。

その様な行動に驚いた花は意図を確かめようとしたが、それを制する様に文若は告げた。

「朝の執務の時間までにはまだ少し余裕がある」

「で、でも、こんな風に抱きかかえられたら……」

という花の抗議を強い力で押さえつける様に、文若は強く抱きしめてから断言をした。

「丞相の策へ簡単に応じたお前が悪い。それにお前は知っているのか、男が女性に服を贈る意味を」

「……いいえ、知りません」

そう文若に答えた花は、唐突な行動に驚くよりもその意図を確かめる様に答えた。

すると、私室へと戻った文若は寝台に花を横たわらせると襲う様に覆いかぶさった。

「ならば教えてやる、こういう意味だ」

という文若の答えと行動に驚いた花は、ただ答える事も抵抗する事も出来なかった。

そして、その様な花の反応が想定内な文若は、覆いかぶさったままの姿勢で更に問うた。

「止めて欲しければ、丞相の策へ応じた理由を言え」

「……文若さんがこんな風に私に触れてくれない理由が知りたかったんです」

そう文若の問いに対して、花が躊躇いと恥じらいを込めた表情で答えた。

それ故に、文若は自身の理性を強く保てるように戦いながらも平静な表情を保持した。

「……それは私が悪いというのか?」

「……安易に孟徳さんが用意された服を着た事は謝ります。でも、私は知りたいんです、文若さんの想いが」

「……私がお前を想わぬ日は無い。だが、結婚をするまでは触れる事は出来ない」

という文若の答えは、花にとって嬉しくも納得は出来ない言葉だった。

いや、納得というより、文若の思いが花には理解が出来なかった。

「何故ですか?」

「どうしても、だ。お前が生まれ育った国の常識は知らんが、この国では非常識だからな」

「……なら、文若さんも私に触れたいと思ってくれているのですか?」

そう花が恥じらいながらも問い返した為、あえて文若は無言で身を起こした。

それから、衣装が入っている場所から女性用の服を取り出した文若は花に見せた。

「……こうやってお前の服を用意するくらいには、な」

「え、これって……」

「お前に贈ろうと思って用意していた服だ。ただ、いつ贈れば良いかがわからなかったが」

と文若が感情を誤魔化す様な早口で告げると、花は無表情のままで涙を流した。

その様な花の反応は想定外だった文若は、ただ服を持ったまま名だけを言葉にした。

「花?!」

「嬉しいです……すごく、嬉しいです」

そう花が綺麗に微笑みながら涙を流した為、文若は服を適当に置いてから再び告げた。

「今日は執務に余裕があるから、お前はこの部屋にいろ」

「え?」

「そして、夕方には戻ってくるから、この服で夕食を共にしよう」

という文若の申し出は、服を用意してくれた事と同じくらいの喜びを花に与えた。

そして、そう申し出る文若の表情を花は確かめようとしたが、すぐに背を向けられた。

そして、花に対して背を向けたまま、文若は淡々と言葉を告げた。

「だから、夕食までは誰にもこの服を着たお前を見せるな」

「……でも、こんなに素敵な服は一人じゃ着れませんよ?」

「侍女は別だ。丞相とは会うな、という意味だ」

「はい、文若さんの帰りをお待ちしています」

そう花に言われた文若は引き締めるのが難しい表情を必死に取り繕うとした。

それくらい、花の言動によって文若の心の平静は均衡が崩れかけていた。

「……ああ」

「文若さん……?」

と花は、ただ背を向けて私室から執務室に戻ろうとする文若の態度に不審を抱いた。

いや、不審というより、文若からは常には感じない感情の揺れに花が気付いたが故に。

しかし、動揺と嬉しさを言葉に出来ない、否、したくない文若はただ平静を取り繕った。

「い、いや、何でもない」

「そうですか?」

「私は執務室に戻るが、丞相には気をつけろ」

「大丈夫ですよ。孟徳さんは私達に気に掛けて、心配もしてくれたんですから」

そう告げる花の危機管理能力を心配しつつも、文若はあえて平静をただ保とうとした。

「……そうだな。では、夕食まで待っていろ」

「はい」

 

 

 

文若が私室から執務室に戻ると、無人だった執務室に意外な人物が居た。

「……丞相、その机は私が執務をするところです」

「あれ……てっきり文若も盛装した花ちゃんに骨抜きにされると思ったんだけど、ずいぶん早い帰りだな」

と文若に答える孟徳の言葉に対し、あえて直球で生真面目な言葉を口にした。

「……この様な無駄な策を弄する暇があるのでしたら、執務にも精を出してください」

「無駄な策ねぇ……花ちゃんの憂いを除き、笑顔にする事の方が執務よりも楽しいんだけど?」

「丞相にその様な配慮を頂く必要性は今後もありませんのでご安心ください」

そう文若が少しも揺らがない生真面目な表情で一刀両断をする様に断言した。

それ故に、孟徳は厳しい表情のまま、『丞相』らしい声音で文若に答えた。

「……放っておいて欲しいなら、花ちゃんの憂い顔を放置するな」

「……」

「……無言の抵抗はお前の得意技だな。でも、それが通じるのは限られているぞ」

と孟徳に言われた文若は、己の意志を偽る事なく、ただ強い口調で告げた。

「……花は私のものです。これだけは譲れません」

「お前がそういう顔をするなんて……策を弄した価値はあったな」

そう答える孟徳の表情は厳しいが、その意図に気付いている文若は言葉を返さなかった。

そして、孟徳も文若の答えに気にする事なく、ただ緩めた表情でただ笑った。

「ま、安心しろ。花ちゃんがお前を選ぶ限り、俺は手出ししないよ、性的な意味でも」

と孟徳に言われた文若は、一瞬だけ表情をしかめてからすぐに常の表情に戻した。

「……この様な遊びを弄されるほどに暇が有るとは気付きませんでした。すぐ、丞相に処理して頂きたい書簡を今こちらにお持ちします」

「え?」

「今日の私の仕事は書類整理ではないので、今日はそこで書簡の処理をお願いいたします」

そう孟徳に告げた文若は外に控えている者達への指示を出した。

この様な強硬手段をとる文若に抵抗する事が無駄だと知っている孟徳はただ憮然とした。

しかし、その様な孟徳に慣れている文若は淡々と指示だけを言葉にした。

 

 

 

 

 

文若さんと花ちゃんの会話より、文若さんと孟徳さんの会話に萌えたのは秘密です(マテ)

いえ、恋愛描写や色恋沙汰の会話も書いていて楽しいとは思うのですが、

誰かと花ちゃんが恋人である事を前提とした、野郎同士の会話も密かに萌えるのです。

特に文花だと、孟徳さんはここぞという勢いで、文若さんをおもちゃにしそうですし。

また、ある国の軍事殿の様なファンが、文若さんにはないのも不思議だったりします。