リリーナ・ドーリアンを愛している。
それを俺は認められるようになった。
だから、それを告げる必要性はないと思っていた。
『おもい』が一緒だと思っていたから……
MIND EDUCATION ―心の拠り所― 1
どうして、私は抵抗もせずに手を預けているのだろう。
どうして、共にいるだけで不安な心が満たされるのだろう。
どうして、この人は当たり前のように守ってくれるのだろう。
でも、一番不思議なのはそれを受け入れている私の心……
「リリーナ、なぜ一人でいるんだ」
「え?」
リリーナはふと我に返ってヒイロを見た。
リリーナを見るヒイロの瞳は優しいのに、紡がれた言葉は冷たかった。
なのに、リリーナは自然に微笑みを返す事ができた。
「私の名は『リリーナ』というのかしら?」
「……」
「それに、あなたは私を助けてくださったのかしら?」
「……何の冗談だ、リリーナ」
ヒイロは表情ではなく、瞳に戸惑いを表した。
そんなヒイロのかすかな変化に気付いたリリーナは笑顔で答えた。
「多分、記憶を失っているのだと思うわ。だから教えて欲しいの、私の事を」
と、非常識な事をリリーナは落ち着いて語った。
それに対して、いつも以上に感情を凍らせた無表情でリリーナに返答をした。
「了解した。お前の家に行く。数日後に休暇が終る」
「私は童顔なのね。学校を卒業しているだなんて」
と言った、自称記憶喪失なリリーナは穏やかに笑った。
そんなリリーナとは対照的に、ヒイロは冷たい何かを纏っていた。
ドーリアン邸に着いたヒイロはパーガンと共に厳戒態勢を取った。
この状況に対してパーガンは驚いたが素早く対応する事が出来たから。
だが、混乱するドーリアン夫人は表情を固くし、堪えるのだけで限界のようだった。
なので当分の間、ヒイロはドーリアン邸に居座ることを決め、パーガンに客室の用意を頼んだ。
1人で私室に入ったリリーナも混乱していた。
ヒイロという名の少年に会うまで、リリーナの記憶が定かではなかった。
そして、何かから逃れるように走っていた途中で、リリーナはヒイロと出逢った。
その時、リリーナは負の感情から開放された。
だから、リリーナは紅茶を頼んだ。
すると、事情を知るものが紅茶とお菓子を持ってきた。
そして、そのお菓子がお気に入りだったと教えてくれた。
しかし、リリーナは丁重に退室をさせた。
何故か、一緒にいても一人のような気がしたから。
「少しは進展したか、リリーナ」
と言いながら、ヒイロはリリーナの部屋に入ってきた。
ぶしつけな来訪に対して、リリーナは微笑みを返した。
そして、そんな想い確認するように、リリーナはヒイロへ問い返した。
「いいえ。でも、私は貴方の事が好きだったようね」
「……何の冗談だ、リリーナ」
いきなり告白されたヒイロは嫌悪を顕わにした。
そういう言葉が自分達には必要ないと思っていたから。
それ故に、自分を否定されたような気がしたから。
またそんなヒイロに対して、リリーナは素直に謝罪した。
「ごめんなさい、貴方を困らせるつもりはなかったのですが」
すると、ヒイロはいつもの変わらぬ表情で応えた。
「……俺はお前を守ると約束した。だから、少し待っていろ」
それに対してリリーナは意図を問うような視線を向けた。
なので、ヒイロは微かな笑みを持ってそれに応えた。
「今の俺に出来る事をするだけだ」
ヒイロの笑みを見たリリーナは、嬉しそうに笑った。
だが、ヒイロはその後で自身に言い聞かせるように小さく呟いた。
『リリーナは記憶を失っているのだから……』
と。
「リリーナ(お嬢)さんが記憶喪失?」
と、カトルとデュオが同時に叫んだ。
「声を合わせてまで言う事ではない」
と、冷静に答えるヒイロに対して、トロワは冷静なツッコミを返した。
「確かにそうかもしれないが、2人の驚きも当然だと思うぞ?」
一応、衝撃から復活したデュオが自分の髪を掻き毟りながら、ヒイロに尋ねた。
「どうやってお嬢さんから記憶を取ったんだ?」
「いえ、それよりも、これからの事が重要です。リリーナさんの事が公になったら地球とコロニーの関係が悪化すると思いますから」
カトルが懸念する事に対してヒイロは否定をした。
「今のままなら仕事へは普通に復帰できる。休暇の延長は必要ない」
「でも、記憶を失っているのだろう?」
「検査結果に異常はないし、本人は『今』を受け入れている。仕事の要点も覚えた」
「さっすがはリリーナ様、ってところか。深窓の姫君できなくて残念だな、ヒイロ」
と、ヒイロをからかう様な言葉を、デュオは口にした。
だが、ヒイロはデュオを無視した。
「仕事は明日から始まる。だから……」
話を進めようとするヒイロの言葉を遮る様にカトルが訊ねた。
「自分の事をヒイロはどのように説明したのですか?」
その言葉に秘められたカトルの真剣な思い故に、ヒイロは短く答えた。
「そんな事を聞いてどうする」
「お前の性格を考慮すれば難しいと思うが、事実は伝えるべきだ」
トロワにまでそう言われたヒイロは、表情を険しくさせた。
そんな険悪な雰囲気を壊すようにドアがノックされた。
ヒイロは戸口に近寄ると、そのドアを開けながら尋ねた。
「何があった、リリーナ」
「お話し中にごめんなさい。今、問い合わせがあったのですが、私だけでは対応しきれないのです」
そう言ったリリーナが、差し出した資料に目を通したヒイロはカトルを見た。
その視線の意図に気付いたカトルは微笑んだ。
「後は僕達に任せてください」
それを聞いたヒイロはリリーナと共に部屋から去った。
「リリーナさんは大丈夫のようですね。安心しました」
いつもと変わらないように思えるリリーナの様子に、カトルは安堵の笑みを漏らした。
もちろん、以前のリリーナとは違う雰囲気をカトルは感じた。
だが、それは余程勘の良い者しか気遣いない程度だった。
「……俺達の必要性が無くなる時は遠いようだな」
ポツリとつぶやくトロワの言葉に対してカトルは表情を曇らせた。
「そうですね……」
確かに地球とコロニーは統一された。
そして、多くの人達が平和のうちに過ごしている。
それを喜びと感じている人が多くもなった。
だが、相対者は常に存在している。
「けど、多くの人の笑顔が戻った。それだけでも俺は満足だぜ」
「馬鹿は未だに居る。だが、正義を力以外で示せる世になった。これは歓迎するべきだ」
2人の言葉を聞いたカトルは微笑みを返した。
「そうですね。では、僕が『ドーリアン外務次官』で、デュオと五飛は監視を。直接的な護衛はトロワとヒイロで良いですよね?」
カトルの提案を肯定するように3人は対応するような行動をし始めた。