「総司も総司で、おまえとの関係が変わらないのは性癖に問題があるのかと言いやがる」
今日も今日とて、病室ともいえる部屋から脱走した沖田を、土方は見つけた。
しかし、土方の睨みも怒声も軽く受け流す沖田は、ただ場違いな問いを口にした。
「……土方さん、なんで据え膳に手を出さないんですか?」
そう沖田に問われた土方は、その質問の意図も『据え膳』と称される人物にも気付いていたが、あえて言葉を返す事がなかった。
そして、その様な土方の反応を予想していた沖田は、表面的な笑みを張り付けながら言葉を続けた。
「わかってて、無言の否定も肯定もしないのは、土方さんらしんですけど。あ、もしかして不能……」
と、沖田に断言されかけた事を否定するように、土方は殺気を込めた視線で制した。
さすがに、本気で怒っている事を理解した沖田は、場を和らげるように笑って答えた。
「いやだなぁ、そんなに怖い顔をするなんて、卑怯ですよ、土方さん」
「てめぇの言葉が原因だとは思わねぇのか?」
「え? じゃあ、ほんとに土方さんって、不能になったんですか? 何事も過ぎると毒って、本当だったんですね」
そう沖田が同情を込めた視線を向けられた土方は、その言葉を強く否定する様に答えた。
「……俺は健康そのものだ。余計な事を考える暇があるっていうなら、少しは療養に勤しめ。それに、馬に蹴られるって故事も知らねぇのか?」
「じゃあ、千鶴ちゃんと相思相愛の恋仲だって、認めるんですか?」
という沖田の問い掛けは、土方にとって、否定も肯定も出来ない事だった。
いや、自覚があったが故に、その想いを認める事も否定する事も出来ないと思っていた。
その様な土方の思い込みを見抜いた上で呆れている沖田は、茶化すような問いを続けた。
「……もしかして、土方さんが手を出さない理由には、特殊な性癖でもあって、嫌われたくないっていう、お約束でもあるんですか?」
「……てめぇは思考回路まで、ねじ曲がり過ぎてんのか、総司?」
「だって、それくらいしか理由はないですよ。鬼の副長とまで呼ばれている男に、惚れた女一人、幸せにする甲斐性がないだなんて、有り得ないですから」
そう沖田に言われた土方は、何も答える事が出来なくなった。
いや、沖田の口調とは違う、真剣な眼差しと思いに気付いたが故に。
そして、土方に気付かれている事を理解した上で、沖田はあえて表面的な笑みを見せた。
「僕も千鶴ちゃんの幸せを願ってるだけなんですよ?」
「……俺みたいな男に、女を幸せにする甲斐性なんてねぇよ」
「……自信過剰な土方さんらしくない言葉ですね。言い訳にも聞こえませんよ?」
「……いい加減、布団に戻れ」
と、土方は沖田に声をかける事しか出来なかった。
そして、今はまだ時期ではないのだと思った沖田も引き際を上手く引いた。
「……わかりましたよ、土方さん。今日はこれ以上、鬼の副長の雷が落ちないうちに、部屋へ戻りますね」
「……」
「あ、そうだ。ひとつ言っておきます」
「……何だ?」
「千鶴ちゃんにも土方さんの性癖について聞いたんです。その時、特殊だったら教えてほしいて言ったんで、気をつけてくださいね?」
そう沖田に問われた、いや、気遣われた土方は、その意図を確かめるように問い返した。
「……何に気をつけろって言うんだ?」
「千鶴ちゃんは、素直で隠し事が出来ない子ですから、特殊な性癖をみせると、屯所中に広まりますよって意味です」
「余計な世話だ、総司!」
「あれ? じゃあ、ほんとに特殊な……」
「総司!」
と叫ぶ土方は、沖田以外の人物から見ても、鬼の副長と呼ばれている人物には思えない。
そして、それ故に、沖田は土方を怒らせているとも言えた。
だが、その収拾をする気はない沖田は、すぐに病室ともいえる部屋に戻った。
「……ほんと、びっくりだな、土方さんの変化は。もしかして、千鶴ちゃんって意外と大物なのかも」
既刊「願う事はただひとつ」の番外小話です。
以前はイベントで無料配布をしていたペーパーに載せていましたが、
引っ越しの際に処分をした為、不親な仕様だとは思ったのですが、
この小話をサイトにてUPさせて頂きました。