Continence せいよく

パーティーで声を掛けられるのが、ひと段落したユイラは椅子に腰を掛けていた。

そんなユイラにロイが声を掛けた。

「大総統の愛娘であられる方がこのような所にいられても良いのですか?」

「私は閣下の娘ではないわ。義理の血で繋がっているだけなのだから」

「ご子息も義理であられるのですから、セラブ将軍をそう言っても構わないでしょう」

そう言いながら微笑むロイにユイラも笑顔を返した。

二人の会話する声は周囲の視線を集めたが、近寄る者はいなかった。

整った容姿を持つ2人は互いを高めあう一対の絵のようだったから。

だから、多くの人は遠くから2人を好意的な思いで見ていた。

また、ロイがユイラの手の甲にキスする様は忠誠を誓う騎士の様な雰囲気があった。

だが、それを受けたユイラの心境はそれに酔えるようなものではなかった。

ロイが顔を上げた時に見せた視線の意図がわからなくて。

その視線から感じた思いは良くある『欲しい』というものだった。

だが、『女』として見ているには清く、『令嬢』に対する敬意よりも生々しかった。

ユイラは戸惑いを隠しながらも微笑みを返した。

「そんなあからさまな視線で、いつも女性を見ているのかしら、マスタング中佐?」

「失礼しました」

そう言ったロイは片膝をついていた姿勢から立ち上がった。

そして、女性受けする笑みを浮かべながら答えた。

「どのような噂をお聞きになったかは知りませんが、貴女が美しすぎる所為ですよ」

その笑みを見たユイラは軽い失望を覚えた。

だが、そんなユイラの心境を見抜くような言葉をロイは口にした。

「閣下は『私』を所望していただけるのですか?」

意図がわからずに首をかしげるユイラにロイはさりげなく近づいて囁いた。

「貴女は『紳士』も『下衆』も知っている。だから、『私』を知って欲しい」

それを聞いたユイラは社交的な笑みを浮かべて答えた。

「お誘いかしら、マスタング中佐?」

それに対してロイは意味深な笑みを返した。

「このパーティーの後ならば空いているわ」

それを聞いたロイはユイラの有能さに舌を巻いた。

この後にある会合は『野望』を持つロイには重要なものだった。

しかし、参加の義務はないから欠席をしても一佐官にとっては問題がない。

それを見越して、ユイラが提案したのだとロイはすぐに理解した。

だから、ロイはいつもの不敵な笑みを口元に浮かべた。

「有り難うございます、セラブ将軍」

そう言ったロイは再び片膝をついてユイラの手の甲にキスをした。

 

 

 

中央司令部の廊下を歩くロイに従うようにホークアイが歩いていた。

しかし、ロイの歩く姿は不自然だったが、軍議がある会議室に向うロイの不自然さに気付くものはいなかった。

だが、それも気付いていたホークアイはロイにしっかり仕事をさせていた。

「もう少し、傷ついている上官に対して、優しくしてくれないか?」

「中佐の私生活に口を挟むつもりはありませんが、仕事に支障があっては困ります」

「今日までの書類は片付けただろう」

と、ロイは当たり前な事をわざと口にした。

そういう返答に慣れてしまったホークアイは冷たく答えた。

「昨夜はお相手が賢い女性だったからです」

それを聞いたロイは驚きから目を見開いた。

あのパーティー後、ロイは一緒に食事をしたユイラと共に朝を迎えた。

そして、その代価として、軍務に差し支えないギリギリの傷を負わされたのだ。

それを把握しているとしか思えないホークアイに対して、ロイ素直な思いを口にした。

「流石は我が副官だな、ホークアイ少尉」

「おそれいります」

そう、ホークアイが答えた時、ロイはユイラの姿を見つけた。

同じ会議室に向うユイラもその視線に気付いた。

「身体の方は平気かしら、マスタング中佐?」

「私よりも閣下の方が大変ではないのですか?」

そう言ったロイは持っていた書類を落とした。

それを拾おうとするホークアイをロイは手で制した。

しかし、ユイラが拾おうとするのは止めなかった。

「申し訳ありません、セラブ将軍」

そういったロイも書類を拾うために膝をついた。

そして、ロイはその時にユイラの身体にわざと触れた。

ロイに触れられたところは、ユイラが一番感じ、緋色のアザが多くあった。

故に、ユイラはそれに反応するようにほほを染めた。

それを見たロイは心の中で嘲笑しようとしたが出来なかった。

拾った書類を差し出したユイラの言葉によって。

「上官に対する不敬は軍法会議よ、マスタング中佐」

驚きで目を見開くロイを予想していたユイラは余裕の笑みを添えて言葉を続けた。

「でも、貴方には期待をしているわ」

そう言ったユイラは会議室に向って歩き出した。

すぐに衝撃から回復したロイは口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。

「ご期待に応えさせて頂きましょう?」

それを聞いたホークアイは溜め息をついた。

 

 

 

家族自慢をしようとしたヒューズはロイの執務室に向っていた。

が、その途中、珍しい表情でホークアイと話しているハボックを見つけた。

いつも飄々としているハボックの真剣な顔に興味が惹かれたヒューズは声を掛けた。

「司令部で高嶺の花を口説くなんて度胸があるな、ハボック准尉」

そんないつもの軽口に対して、ハボックは表情を変えなかった。

それどころか、救いを求めるような視線をヒューズに向けた。

「ヒューズ少佐!」

「おい、おい、オレには愛しい妻……」

「そんな事を言ってる場合じゃないんですよ!」

ハボックの真剣な思いに応える様に、ヒューズも顔を引き締めた。

だが、その変化にも気付けないほどに切羽詰ったハボックはヒューズに質問をした。

「ヒューズ少佐も中佐の噂は知ってますよね?」

そう問われたヒューズは爆笑した。

ロイが大総統の愛娘をたぶらかしている、という噂を知っていたから。

そして、ヒューズの真意がわからないハボックは真剣に怒った。

「笑い事じゃないですよ! 中佐の進退問題に発展してもおかしくなんですから!!」

「でも、ホークアイ少尉は問題ないってんだろう?」

そう応えたヒューズはホークアイに視線を向けた。

それに応えるようにホークアイは肯いた。

そのやりとりが信じられないハボックは二人に大声で尋ねた。

「セラブ将軍は陰じゃあ『大総統の愛人』って言われてるんですよ? 確かに、セラブ将軍が個人的な理由から人事に口を出したとか、大総統にわがままを言ったなんてのはまともな噂ではなかったですけど。でも、作戦の為とはいえ、大総統と同じホテルの部屋で一晩を過ごしたらしいですし。なのに、最近はサボった中佐を見つけると大抵セラブ将軍がいるんですよ? しかも、そういったコトが出来る部屋ばかりで、セラブ将軍が寝ていることもあるし。しかも、その頻度はハンパじゃないんですよ?! 今のままなら、執務室でもヤるんじゃないかって思っても間違いないっスよ!?」

それを聞いたヒューズは真剣な真面目に肯定した。

「お前さんをロイが側近したのは正解だったようだな。」

「今はそういうことを……」

更に言い募ろうとするハボックを遮るようにヒューズは言った。

「お前の心配はもっともだが、ロイは本気だぞ。無自覚だけどな」

と言った、ヒューズの言葉を聞いたハボックは目を見開いた。

そして、ヒューズは意味深な笑みを浮かべながら言った。

「一生の女を得られない男が大総統になれると俺は思わないが……ロイはどうなんだ?」

それを聞いたハボックはロイの姿を探した。

それを察したホークアイがハボックにロイがいる所を教えた。

教えてもらったことで少しだけ安心したハボックに大きな衝撃が走った。

ハボックの目に入ったロイが顔を赤くしていたから。

「ち、中佐ぁ?」

ハボックの声で、ロイは我に返ったが、追い討ちをかけるようにヒューズは言った。

「セラブ将軍はあっちの方にいたぜ。なんか大総統と仲良く話してたな」

それを聞いたロイはヒューズが言った方に向って走り出した。

らしくないほどに全力で走るロイは衝撃から全身を硬直させながら目を見開いた。

ヒューズに教えられた場所にユイラと大総統がいたから。

ユイラが大総統に微笑んでいたから。

その笑みの美しさはどんな快楽に溺れてみせる表情よりも魅力的だったから。

そして、そんな笑みをロイは見たことがなかったから。

それらの理由から、完全にキレたロイは感情を露わにして近づいた。

そんなロイに対して、大総統は穏やかな口調で声を掛けた。

「パーティー以来かな、マスタング中佐?」

「はい」

短く答えたロイはユイラの片腕をつかみながら言葉を続けた。

「申し訳ありませんが、セラブ将軍には軍議の相談があるので」

「そうか、では、私は仕事に戻ろう。部下達が私を探しているのだろうからね」

「いいえ、機密に関ることなので、ここでは。なので、私達が失礼させて頂きます」

そう答えたロイはユイラの了承も得ずに腕をつかんだまま立ち去った。

あまりにも『中佐』らしくなく、『焔』らしい言動に対して、大総統は笑みを浮かべた。

「これでまた、彼は強くなるかもしれんな」

 

 

 

らしくない慇懃無礼なロイに対して、ユイラはたしなめるような言葉を口にした。

が、それは、ロイの怒りを和らげずに煽っていた。

なぜならば、ロイはユイラの言葉にある真意わからなかったから。

それに、余裕を見せる大総統の言動はロイの嫉妬を焚き付けるには充分だった。

そんなロイの感情にユイラは途中で気付き、素直に感じたことを口にした。

「貴方の勘違いは誤解よ。まあ、それはそれで嬉しいけれ……」

その言葉を聞いたロイは2重の意味で足を止めた。

ユイラを連れ込もうとした部屋に着いたから。

ユイラの言葉の真意と想いに気付いたから。

だから、ロイはユイラをその部屋に押し込めながらキスをした。

そして、そのキスに対して、ユイラは目を見開いた。

ロイのキスがとても優しかったから。

こういう性急さに慣れていたユイラには与えられたことがなかったから。

その理由がユイラにはわからなかったが、すぐに目を閉じて応えた。

長くも触れるだけのキスの後、瞳を潤ませているユイラにロイはこう言った。

「束の間の夢を一緒に見ませんか?」

それを聞いたユイラは目を見開いた。

そんなユイラの顔を優しく両手で包みながら、ロイは言葉を続けた。

「互いの罪を実感できるような夢を」

この言葉に応えるように、ユイラは見開いた瞳を閉じた。

「私達は望みの為に多くのモノを犠牲にしてきました。だからこそ、束の間の夢を見ることも贖罪になると思いませんか?」

と言う、ロイの優しげに見える瞳の奥にある『焔』をユイラは見つけた。

故に、ロイを挑発するような笑みを添えながらユイラは応えた。

「マスタング中佐は将軍である私に共犯者になれ、というのかしら?」

その言葉を聞いたロイはユイラの言動に応えるように綺麗な笑みを返した。

「……素直になれない理由が聞きたいわ、マスタング中佐?」

「それは貴女の方がよく知っておられるはずですよ」

そう切り返されたユイラは答える代わりにキスをした。

初めてユイラからキスをされたロイは一瞬だけ目を見開いた。

でもそれは本当に一瞬で、その瞳には優しさをたたえた暖かさが宿った。

なぜならば、ユイラが瞳を閉じていたから。

だから、ロイはユイラへの愛おしさを隠すことなく表情に出した。

だが、ユイラはそれに気付いていた。

ユイラのキスに応えるロイの激しさの中にある感情に気付いたから。

でも、ユイラはそれを言葉にせず、ただキスに応えた。

 

 

 

 

これも過去作で、オリキャラはロイの年下上官です。

また、題名『Continence』の意味は『禁欲』で、類語に『制欲』があります。

『制欲』は『せいよく』とも読みます。

なので、二人の関係のきっかけ?でもある『性欲』の意味も含めています。

ただ、この小説は反応が凄くコワイです。

一応、脳内よりも鬼畜度は下げたのですが、あまり類を見ないので……