たすけて

軍属の施設に似合わぬ女性の曲を歌うユイラは、書類を神業的な速さで片付けていた。

ロイをも上回るスピードとは違うスローテンポな歌は優しい歌声に合っていた。

そして、その歌声は多忙さからも殺伐としている雰囲気を柔らかなものにしていた。

だから、ユイラを咎める者はなく、むしろ歓迎をしていた。

そんなユイラをじっと見ていたハボックは溜め息をついてからロイの執務室に向った。

そして、ロイに書類を提出したハボックはポツリとつぶやいた。

「いいっスよね、中佐は……」

「多忙を極めた所為で頭がおかしくなったのか、いや、ノアール嬢にフラれたせいか?」

ハボックの呟きに対して、ロイはそう応えた。

それに対して、ハボックは素直に答えた。

「いえ、両方ッス……って、何で中佐が知ってるんスか?」

「お前をフったノアール嬢はユイラの友人だ」

それを聞いたハボックは目を見開いてから、何かを納得したかのようにうなずいた。

「へー類は友を呼ぶって本当なんスね」

それを聞いたロイはサインをする手を止め、微妙な表情でハボックに問い掛けた。

「ハボック、それはどういう意味だ?」

「え? セラブ中尉って軍人としての能力は中佐よりも凄いのに、誰かさんみたいに驕らないじゃないっスか」

そう言ったハボックは自分の失言に気付き、慌てて口を閉じた。

しかし、ロイは何かを考え込んでいるらしく、何の反応もしなかった。

だから、ハボックは慌てて話を続けた。

「それに気さくで歌も上手い美人な上に、家事も完璧なんスよね? 同棲してる中佐が羨ましいッスよ」

「……」

「あ、ホークアイ少尉の上官が出来たり、執務中に歌いますけど、許容範囲っスよね」

そうハボックが言い終わった時、ロイは神妙な表情で言った。

「ハボック、夢を見るのは悪いことではないが、過ぎた場合、困るのはお前だ」

「は?」

ロイの言葉の意図がわからないハボックは素直にそれを言葉にした。

だが、ロイはそれに応えなかった。

「お前の『セラブ中尉』に対する評価を否定する気はないがな」

「何が言いたいんスか、中佐は?」

「あいつの趣味の悪さは、お前が言った長所を上回っているんだ」

そう言われたハボックはユイラの事を考えた。

休憩中にホークアイとプライベートな会話をしているのを聞いたことはあった。

が、ハボックはそう感じたことは一度もない。

また、ユイラのプライベートな情報は多く流れているが、そういう事は噂でもなかった。

そんな状況の大きな理由は、ロイの恋人と知っていても好意を持つ者が多いからだ。

近寄りがたい雰囲気を持つホークアイとは対照的な美しさをユイラがもっているから。

そう考えると、ロイの噂は悪評の方が多い事にハボックは気付いた。

若くして中佐となった実力者に対して好意的な噂を流すものは少なかった。

むしろ、皆無と言っても過言ではないかもしれない。

「……中佐を恋人にした、とかが?」

「ケシ炭になりたいようだな、ハボック准尉?」

と言ったロイは、黒い笑みを浮かべながら発火布を取り出した。

「じょ、冗談ッスよ。あ、俺、仕事が残ってるんで失礼します」

と言いながらハボックは慌てて退室した。

そして、ハボックが執務室に戻った時、ユイラが片付けていた書類は残りわずかだった。

先程歌っていた優しげな曲をユイラが歌い終わった時、書類の方も終わった。

なので、ユイラをじっと見るハボックに声を掛けた。

「何かあったの、ハボック准尉?」

「あ、いえ、すんません。ジロジロ見て」

必要以上に慌てるハボックに対して、ユイラは微笑みながら言った。

「別にそれはいいんだけど、ロイに仕事を押し付けられたなら、私がやるよ?」

「いえ、今回は大丈夫ッス。いつもすんません」

「こっちがゴメンだよ、ロイが若い中佐だから余計な仕事を回される所為なんだし」

ある意味で上官らしくないユイラに対して、ハボックは素直に答えた。

「それは中尉が謝ることじゃないっスよ」

「有り難う、ハボック准尉。じゃ、お礼にコーヒーを入れるわ。あ、他にほしい人はいる?」

そう言ったユイラは執務室を見渡した。

手を上げるなどの反応をした人数を数えてから給湯室に向った。

が、執務室のドアを閉めようとした時、ユイラは振り返ってこう言った。

「コーヒーを飲んで一休みしたら、みんなの方を手伝うから頑張ろうね」

そんなユイラはどう考えても、ロイがいうような人物には思えないとハボックは再確認した。

 

 

 

忙しさも一段落ついた頃、ハボックは1人で街を巡回していた。

その時、一緒に非番となったロイとユイラをブライダルショップの前で見つけた。

その2人の結婚時期を賭けの対象にしていたハボックは興味から声を掛けようとした。

が、聞こえてきた会話はハボックの足を止めた。

「そうか。ユイラでもまともな夢を持っていたんだな」

「白い花嫁衣裳は乙女の夢だし、私の夢でもあるけど、ロイロイは、ねぇ?」

そう言いながら見上げてくるユイラに対して、ロイは素直に答えた。

「俺だってこういうドレスを着たユイラの隣に立ちたいと思っているぞ?」

「あ、それは違う」

と、ユイラがあっさり否定をしたので、ロイは怪訝な表情を返した。

そして、何かを思い当たったロイは複雑な表情でユイラに尋ねた。

「まさか、『俺』に『着せたい』なんて言う気か?」

「うん。だってロイロイは普通の女性よりも色白美人じゃない」

「俺はお前と違ってノーマルなんだと何度言わせる気だ!」

司令部で部下を叱責する時よりも迫力がある怒りをロイはユイラに向けた。

それに対して、ユイラは余裕を持って応えた。

「一生に一度の記念なんだから、ワガママを聞いてくれてもいいじゃない」

「俺の一生に一度の記念でもあるんだぞ!」

「ひっどーい! 可愛い恋人のお願いを聞いてくれてもいいじゃない」

らしくない女の子なフリをするユイラに対して、ロイはあっさりと言い切った。

「お前のどこが可愛いなどと言えると思っているんだ」

「え、顔じゃない? ロイロイの童顔とは違う意味で」

と、ユイラはナチュラルに答えた。

その言葉に悪意がないのはロイもわかっていたが、反射的に大声で否定した。

「俺は童顔じゃない!」

「いいじゃない。私なんてフケて見られてたから、羨ましかったのよ?」

「そんなもんはいらん!!」

ロイの激しい怒りを込めた叫びは固まっていたハボックの硬直を解いた。

なので、ハボックは逃げるようにその場から去った。

そして、その時、大きな物音を立てたハボックの後姿をロイが見ていたことに気付かなかった。

 

 

 

翌日、書類を提出したハボックの顔色の悪さをロイは指摘した。

すると、ハボックは溜め息をつきながら答えた。

「セラブ中尉の悪趣味って中佐イジメだったんスね……」

「昨日、ブライダルショップから走り去ったのはお前か、ハボック?」

「巡回中に声を掛けようと思ったんスけど……」

ハボックから事実の確認をしたロイは溜め息をついてから言った。

「アレは『イジメ』ではなく『本気』だ」

「は?」

「本気で私にあんな服を着せたいと思っているんだ。だからこそ、私には理解できん」

と、言ったロイの言葉を理解した時、ハボックは同時に叫んだ。

「もしかして、ノアールも類友なんスか?!」

「ノア-ル嬢は普通だ。そして、ユイラも私への『愛情表現』以外はまともな方だ」

「中佐も苦労してるんスね……」

そう言うハボックの視線に含まれているモノがわかっていたロイは発火布を身につけた。

その後の展開が容易に想像できたハボックは再び慌てて退室した。

が、更にハボックは青くなる人物に出会ってしまった。

「……ハボック准尉、やっぱり休んだ方がいいわよ?」

「いえ、大丈夫ッスよ、セラブ中尉」

「朝から顔色が良くなかったじゃない。ホークアイ少尉には私から言っておくよ?」

そう言うユイラからはハボックを心配する思いしか感じられない。

だが、昨日の『ユイラ』を知るハボックは素直になれなかった。

「いいえ、本当に大丈夫ですから」

「そう? ま、無理はしないでね、ハボック准尉」

と言ったユイラは、ロイの執務室に向って再び歩き始めた。

そんな『セラブ中尉』と昨日の『ユイラ』が同一人物であることが、ハボックには信じられなかった。

 

 

 

 

 

この小説は過去作で、ほぼそのままのUPです。

また、ロイの幼馴染み(オリキャラ)の趣味は『ロイを拉致監禁して啼かす』事です!

そして、このような趣味と趣向の基は作者の感覚と価値観です(遠い目)

目的は苛める事ではなく、歪んだ愛情表現です。

ちなみに、題字の「たすけて」は幼馴染みも含めて、です。