8 自分のエゴかもしれないけれど

「マスタング少佐は居るか?」

そう言ったヒューズは、イシュヴァールで再会したロイのテント内に入ってきた。

しかし、目的の人物は女性の膝枕で寝ていた。

今日の全作戦は終了し、夕食の時間も過ぎた時刻なので、寝ているのは不思議ではない。

だがロイの性格上、戦地で熟睡している事は想定外だとヒューズは思った。

例えその女性が、ロイとヒューズの親友である氷炎だったとしても。

そんなヒューズの戸惑いに気付きながらも、氷炎は淡々とした口調で問い返した。

「あら、マースじゃない。『戦争の時間』が変更になった?」

「いや、俺も今日は終わったから、ロイにグレイシアの写真を見せてやろうと思ってな」

と答えるヒューズは、氷炎とロイの状態に対する疑念を隠そうとしなかった。

それに対し、氷炎はあえてその疑念に答える事なく会話を続けた。

「私はダメかしら?」

「いや、おまえさんの方が喜んでくれるから俺には良いんだが……睡眠薬を使ったのか?」

そうヒューズは、氷炎の問い掛けに対して答えながらも、的確に疑念を問い返した。

まっすぐで直球な問いに対し、氷炎はロイの髪に触れながら顔を伏せてから答えた。

「ここ数日、ロイは睡眠時間をあえて減らす行動が多かったから」

「さすがは氷炎の錬金術師殿。その『目』を少女時代からしているだけはあるな」

とヒューズに言われた氷炎は、先程までの態度が嘘の様な真っ直ぐな視線を返した。

「……私が自ら選んだ結果だから否定も肯定もしない」

「いや、俺も『目』は変わってしまったからな。おまえにどうこう言える立場じゃない」

「……ロイも変わってしまったのかしら」

と、独り言のように呟いた氷炎に対し、ヒューズも素直な思いを吐露した。

「……なぁ、俺も変わってしまったって、おまえも思うか?」

「……グレイシアさんにそう思われないかが心配?」

「俺はグレイシアを幸せにしてやりたい。いや、幸せになって欲しいんだ、俺の側で」

そうヒューズは呟くように、だが、強い意志と決意を含めた想いを言葉にした。

それを聞いた氷炎はあえて言葉を口にする事なく、ヒューズの言葉を聞いていた。

そして、そんな氷炎に対してヒューズも答えを求めずに言葉を続けた。

「だが、俺が変わってしまったら……」

「……私はマースなら大丈夫だと思う」

と、短くも断言されたヒューズは、氷炎に対して続きの言葉を無言で求めた。

この戦場で知った極上の幸せを実現する為に、生き抜いた先にある未来を得る為に。

「確かに私達は人殺しよ。それに、私の手はロイやマースよりも血に塗れている。でも、その過去があるから私はロイを護る『権利』を得られた」

そう氷炎が、自らの血塗られた過去と決意を、真っ直ぐで清い視線と共に言葉にした。

その言葉と相反する視線に対し、ヒューズはただ苦笑いながら問い返した。

「……おまえは本当にロイ至上主義だな。なんでロイの嫁さんになろうと思わない?」

「私はロイを護りたいだけ。私に『生』を与えてくれたロイを。ただそれだけ」

「俺には納得は出来ない思いだが、理解はできそうだな。俺もグレイシアを守れるなら、幸せにする事が出来るなら、同じ気持ちになれるかもしれん」

と言うヒューズも、先程までの迷いを感じさせない強い決意を言葉にした。

それを聞いた氷炎は、戦場には似合わない、母性とあたたかさに満ちた笑みで答えた。

「……だから、マースなら大丈夫」

「……ありがとな。おまえさんにそう言われると、少しだが自信が持てた」

「ふふふ。マースが親馬鹿になった時には、ぜひ自慢を聞かせてね?」

「まずは恋人自慢からどうだ?」

と、戦場とは思えないくらい穏やかなヒューズと氷炎の会話を冷たい問い掛けが遮った。

「……私に一服を盛ったのはこんな話をする為なのか?」

そう眠りから覚めたロイに問い掛けられた氷炎は、あえて言葉を返さなかった。

そして、周囲の空気が凍るのを止めるように、ヒューズは軽い口調でロイに問い掛けた。

「お、こいつの膝枕は心地よかったか、ロイ?」

と、ヒューズに問われたロイはあえて聞き流し、氷炎に対して答えを強要した。

「ただの睡眠薬とはいえ、副作用による悪影響がまったく無いというつもりか?」

「私に謝らせたいなら、睡眠時間を削る真似はやめてくれる?」

「おまえは私の主治医か?」

「あら、ロイ公認の『母親』でしょ、私は」

そう氷炎に答えられたロイは、一瞬だけ返す言葉を失った。

いや、ヒューズや氷炎と共に過ごした士官学校時代の思い出を懐かしんでしまったから。

しかし、今は戦場に居る事をすぐに自覚したロイは、冷たい口調で氷炎に応えた。

「……そんな冗談を本気にする奴が何処に居るんだ」

「ロイ、こいつにその手の冗談は通じないぞ」

とヒューズに突っ込まれたロイは再び言葉に詰まった。

ロイもヒューズ並に氷炎の事を知っていたが故に、自身の失言に気付いた。

だから、ロイは短くも『正しい答え』を言葉にした。

「……ここ数日、人使いの荒い上官が多かっただけだ」

「じゃあ、今日はゆっくりと眠ってくれる?」

「……それを確認するお前は、どうやって監視と睡眠を両立するつもりだ?」

「ロイの気配には寝ていても反応は出来るわよ?」

そう氷炎が応えた後、ロイは冷たい視線だけを返し、言葉では応えなかった。

そんなロイに対し、氷炎も言葉を返さず、ただ真っ直ぐな視線だけを向けた。

その為、ロイに与えられたテント内は、夜である以上の冷たい空気に満ちていった。

しかし、そんな雰囲気を破るかのように、ヒューズは中心人物の名を口にした。

「……ロイ」

「何だ、ヒューズ?」

「恋人に逢いたくても逢えない俺に、これ以上のノロケを聞かせるつもりか?」

というヒューズの問いは、冷たい雰囲気に似合わぬ間抜けな問い返しをロイにさせた。

「……は?」

「……マース。私はロイの母親にはなりたいけど、それ以外は嫌よ」

「何だよ、ロイを護る為だけに軍人になった~なんて、恋の告白以外じゃあり得ないだろ」

そう言うヒューズは軽い口調を変える事なく、素直な氷炎に対してツッコミを返した。

再び戦場である事を忘れている様な二人に対し、ロイは叱責するように叫んだ。

「いい加減にしろ! おまえ達はここを何処だと思っている!!」

 

 

 

 

 

イシュヴァール殲滅戦が舞台のSSですが、半コメディとなっていますね。すみません。

また、氷炎の性格も以前書いていた時とは違う面が強くなっています。

 

 

 

使用お題『護りたいあなたへ捧げる10のお題 (1)』配布元:疾風迅雷