7 このぬくもりを失うわけにはいかない

 

 

外伝「それもまた彼の戦場」のネタバレを多く含みます。

ネタバレを避けたい方はご注意ください。

 

 

一仕事を終え、うたたねをしたロイは、部下達から山のように書類を積まれた。

その上、氷炎が見張りという名の補佐を申し出た為、ロイはサボる事も出来なかった。

いや、正確には氷炎の目を盗んでサボった後が怖くて、ロイは泣く泣く書類を片付けた。

そんなロイに対して、氷炎は整理した書類を差し出しながら問い掛けた。

「ねえ、ロイ?」

「……なんだ」

「さっきの居眠り……イシュヴァールの事でも夢で思い出していた?」

そう氷炎に問われたロイは、一瞬だけ動きを止めた。

しかし、それが見間違いであったかのように、ロイは平然とした口調で問い返した。

「……さぁな。それよりもおまえは仕事が残っていないのか?」

「安心してください、マスタング大佐。これから事件が発生しない限り大丈夫です」

「……優秀な部下を持てて嬉しいよ、氷炎の」

と答えたロイは、氷炎の意図に気付いたが故に、苦笑いを返す事しか出来なかった。

多分、氷炎はロイがうたたねをした間に見た夢の内容を見抜いていたのだろう。

いや、氷炎の過去とも重なる殲滅戦への思いは、ロイ以上だったのかもしれない。

そんなロイの思いも見抜いているかのような視線と、相反する軽い口調で氷炎は応えた。

「そうよ、だから安心して。ロイがなんの罪も無い数万の国民の命を奪えと命令する前に止められるわ」

そう氷炎に言われたロイは苦笑いではなく、場違いとも言える飾らない笑みで答えた。

「……おまえの場合、実力行使も辞さないだろうな」

「……そうね。ホークアイ中尉との連係も、マースとのコンビ並に慣れてきたわよ?」

と問われたロイは、氷炎とホークアイの連携の結果を思いだし、冷たい汗を感じた。

いや、正確に言えば、その結果を招いたのはロイのサボりで、二人に非は無い。

むしろ、上官の任務放棄という事態を回避する、補佐官として褒められる行為だ。

しかし、その結果を知るロイは、その当り前な事実に対し、素直に畏れた。

「……それは、私に褒めろと言うのか、それとも畏れろとでも言うのか?」

「そうね……『サボるな』が正しいかしら?」

そう氷炎が答えた為、ロイはその問い返しに対し素直に驚いた。

問い返しに含まれる氷炎の意図と、ロイが全く予想していなかった『こたえ』に対して。

「間違えるな、ではないのか?」

「それはホークアイ中尉の権利であり義務で、私にはないモノだわ」

「……おまえの場合、供に転落しそうだからな」

「ええ。私はロイを止めない。いえ、止める気はないわ。例え地獄へ行くとしても……」

と答えた氷炎は、持っていた書類をロイの執務用の机に置いた。

それが未整理の書類であった事は、ロイも確認する事も無く気付いた。

だが、そんな氷炎に対して、ロイがこたえるべき言葉も思いつかなかった。

そして、無言のロイに対し、氷炎も『こたえ』や言葉を望まなかった。

「でも、私はそれで良いの。ロイにはホークアイ中尉と彼女がいるから」

「……確かに、彼女を地獄まで付き合わせる事も、見送らせる事も選べんな」

「それに、ホークアイ中尉も手加減はしないでしょうから、しっかり止めてくれるわ」

そう氷炎は、ニッコリという文字が見える表面的な笑みをロイに見せた。

その笑みを見たロイは、再び冷たい汗を感じながらも、ひきつった笑みを返した。

「……その実力行使は想像もしたくないのだが?」

「あら、私よりは安心よ。ホークアイ中尉は優しいから一撃だわ、きっと」

という氷炎の言葉は、『優しい』という言葉からは、ロイが思いつかないものだった。

いや、正確にはロイが思いつく事も、現実となる事も、想像したくない事態だった。

そして、そのような予測を平然と口にする氷炎に対し、ロイは小さな反撃を口にした。

「……おまえの優しさの基準もずれ過ぎているぞ」

「ロイだって人のコトは言えないでしょ?」

「?」

「女遊びの激しかった人が、幼女趣味になるなんて……想像も出来ない」

淡々とだが、からかいを含んでいるような売り言葉を氷炎は口にした。

その言葉に対し、『彼女』に対する誠実な想いからも、ロイは即座に反論した。

「私は彼女以外の少女に興味はない!」

「あら。じゃあ、浮気は前提でプロポーズをしているの? それでOKがないわけね」

「彼女以外の女性にも興味は無くなった! それはおまえが一番知っているだろ?!」

そうロイが激しい口調で問い返したが、氷炎の表情に浮かぶからかいは消えなかった。

「そうねぇ。確かにスケジュールはある程度は把握してるけど、完全じゃないし?」

「錬金術の暗号方法は変えていないが……それは彼女にも説明済みだ」

と、ロイに答えられた氷炎は、先程まで表情に浮かべていた笑みを素の笑みに変えた。

氷炎がロイとヒューズの前でだけ見せる、母性と愛情に満ちた穏やかな笑みを。

「……ふふふ。冗談よ。ロイが幸せだから、ついからかいたくなっただけ」

「……おまえの冗談は冗談に聞こえん」

「それに冗談を真に受け過ぎる、かしら?」

「わかっているなら直せ」

「それが私だもの。直す気はないわ」

そう氷炎に断言されたロイは再び言葉を失った。

いや、氷炎に対して答えるべき言葉が、ロイには思いつかなかった。

ロイが氷炎の過去と決意を、深く知り過ぎているが故に。

そして、それがわかっている氷炎は、ロイの机に置いた未整理の書類を手に取った。

「さて、そろそろ本気で書類を片付けましょうか、マスタング大佐?」

「そうだな。補佐は頼んだぞ、氷炎の」

 

 

 

 

 

今回はロイとホークアイ中尉とブラハのフュギュアと一緒に発売された本にも掲載されたイシュヴァール内乱時代とマスタング組の日常?が描かれた『それもまた彼の戦場』のネタバレを多く含んでいます。

未読の方には再掲載された『鋼の錬金術師CHRONICLE』をオススメします!

また、再び登場した『彼女』は『エドの双子の妹』のことです。

 

 

 

使用お題『護りたいあなたへ捧げる10のお題 (1)』配布元:疾風迅雷