りんき

近藤の提案により、新選組は島原へと訪れていた。

そして、幹部達が揃う部屋では、近藤と山南が会談をしながら酒を酌み交わしていた。

また、順番に幹部達へと酒を注いでいた千鶴は、平助と新八に足止めをされていた。

こういった場合、原田が上手く千鶴を助けるのだが、あえて今回は止める事はなかった。

そして、箱と何かを作る沖田に対し、嫌な予感がする斎藤は強く自制を促そうとした。

しかし、仕事の関係で遅れてきた土方が訪れた時、沖田は用意した悪戯を実行した。

まず、土方と絡み酒となった伊東にくじを引かせ、伊東の絡み先を土方へと変えた。

それ故に、楽しげな雰囲気だった部屋に、鬼の副長の怒声が響き渡った。

「どういうつもりだ、総司!」

そう土方は叫びつつも、近づいてくる伊東を押し退けようとしていた。

しかし、酒に酔っていても隙がない伊東を、土方はすぐに押し退ける事が出来なかった。

そして、これを楽しみに悪戯を企んだ沖田は、ただ軽い口調でその怒声も聞き流した。

「僕は仕事で遅れてきた土方さんが、盛り上がってる状況に馴染めるようにって……」

「そのような言い訳で許されると思っているのか、総司!」

と、冷静に叫んだ斎藤は、更なる被害を抑えようと沖田を窘めようとした。

だが、土方の惨状を斎藤なりに抑えようとしても、状況は斎藤の想定を上回っていた。

その為、状況は悪化の一途を辿り、土方に絡む伊東はそのまま押し倒そうな勢いだった。

「う、ふふふ。私からなんて、滅多にないことでしてよ?」

「この酔っぱらいをどうにかしやがれ、総司!」

そう土方は、この事態を企んだ沖田に事態の収拾を命じた。

しかし、新選組、いや、近藤に関わらない命に従う気がない沖田は再び軽く聞き流した。

「それは僕の責任じゃないですよ。自分の不徳だと思って諦めてください」

という沖田の言葉を聞いた土方は、自体を自力でどうにかしようと足掻こうとした。

それ故に、土方は怒鳴る余裕も無く、絡んでくる、否、貞操の危機から脱しようとした。

そして、その様な土方と伊東に周囲の者達はあえて関わろうとしなかった。

それだけでなく、酒に酔った近藤は、その状況をいつもと変わらぬ笑みで見守っていた。

「これで二人の仲も良くなるな」

「……そうですね。副長と参謀の間の溝がなくなると良いですね」

そう山南は、近藤の意見に賛成するかのような言葉と笑みを返した。

しかし、山南の瞳は微笑んでいる表情とは対称的に暗い色に満ちていた。

そして、千鶴と酒を楽しんでいた平助と新八は土方の状況を酒の肴にしようとした。

「……うわっ、土方さんってば、災難」

と、平助は土方に同情しつつも、あえて助ける事も、沖田を止める事もしなかった。

また、新八も平助に同意しながらも、事の成り行きをこう評した。

「確かに総司もやり過ぎだぜ」

そして、千鶴を独占していた平助と新八を止めようとしなかった原田は溜め息をついた。

いや、この場に現れた土方の表情を見逃さなかったが故に、原田は千鶴に視線を送った。

原田に無言の視線を向けられた千鶴も、状況を理解しているが故に、何も返せなかった。

その様な千鶴の戸惑いに気付いた平助は、状況を確認するように名で問い掛けた。

「……千鶴?」

そう問われた千鶴は、先程までの戸惑いが嘘のような笑顔で平助に答えた。

「えっ……あ、お酒ならまだあるよ、平助君」

「おいおい、今は酒よりも楽しいものがあるだろ、千鶴ちゃん」

という新八が千鶴に絡むのを、原田は強引に退けながら、意図的に大きな溜息をついた。

「……土方さんも酔ったみてぇだな」

「なに言ってんだよ、左之さん。酔ってんのは伊東さんだろ?」

「そうだぜ、左之。土方さんはここに来たばかりだろ?」

そういう平助と新八の無理解を再確認した原田は、二人から放した千鶴に問いかけた。

「酒以外にも酔うものは有るんだよ。千鶴、すまねぇが、土方さんのところに行ってくれるか?」

「……私、で良いのですか?」

「今は千鶴が一番だな」

と原田に答えられた千鶴は、持っていた銚子を置くと、無言で土方へと向かった。

「……なに意味わかんない会話してんの、左之さん?」

「そうだぜ、千鶴ちゃんも困ってたじゃねぇか」

そう平助と新八は、理解できない原田の言動に対して文句をつけた。

しかし、『状況』を当人たち以上に理解している原田は、苦笑いながらも二人を窘めた。

「……こんなあからさまな意図に気付かねぇから、いつも振られるんだぜ、新八?」

「どういう意味だ、左之!」

と、新八は原田の窘めを挑発行為と受け取ったが、平助は少しだけ『状況』を理解した。

「……千鶴も災難、なのかな」

「それは俺の言葉だ。これから大雨でも降らせる気か、平助?」

「千鶴の想いに気付かない程、俺は鈍くない……」

そういう平助の瞳に、暗さを見つけた原田は、年長者らしい笑みで諭す様に応えた。

「ま、確かに一番の災難は千鶴だな。でも、千鶴が自分で選んだ結果、だからな」

「……なんの話をしてるんだ?」

「土方さんが同席する宴会で、千鶴に酌をしてもらうのは厳禁だってことだな」

という原田の答えを聞いても、新八は『状況』を理解する事は出来なかった。

そして、土方と伊東に躊躇いなく声をかけた千鶴により、事態は急変した。

千鶴が話しかけてきた事で出来た隙で、土方は酔っている伊東を強引に気絶させた。

「……ずいぶん乱暴な解決方法ですね。ま、土方さんらしい鬼畜処置ですけど」

「ここまで人を追い込んだ、悪戯を企む人間には言われたくねぇ」

そう答えた土方は、気絶した伊東の身体を乱暴に畳へと放り投げた。

放り投げられた伊東は、それでも意識は戻らず、小さくうめき声を上げるだけだった。

そして、その様な処置を見守る事しか出来なかった斎藤は、ただ土方に謝罪した。

「……申し訳ありません、副長」

「いや、おまえが謝る必要はねぇよ、斎藤。あと、近藤さん。俺はまだ仕事があるから屯所へ戻る。ついでに、千鶴にも仕事を手伝ってもらうが、かまわねぇよな?」

と土方に確認を求められた近藤は、躊躇う様な視線と共に千鶴に問いかけた。

「それは構わんが……雪村君は良いのかい?」

「……私でよければ、お手伝いをさせて頂きます」

「えー、せっかく千鶴ちゃんと酒を楽しんでたのに、土方さんも……」

そう新八は千鶴を引き留めようとしたが、原田と平助に窘められるように止められた。

「それぐらいにしておけ、新八」

「そうそう。これ以上の雷で酔いが醒める方が興醒めだよなー」

「雪村君は土方君の小姓ですから、仕事を優先する必要もあるでしょう?」

という山南の微笑みの裏にある暗さに、付き合いの長い新八は気付き、無言を返した。

「じゃあ、俺達は先に屯所へ戻るぜ」

「……お先に失礼します」

そういった土方と千鶴は、島原から新選組の屯所へと帰った。

そして、土方の仕事を手伝う為、千鶴はお茶を持って副長室へ入った。

しかし、仕事があるはずの土方は布団を敷いていた。

それ故に、千鶴は土方の文机の近くにお茶を置いてから、その意図を確かめようとした。

「……土方さん」

「……気付いたか?」

と問い返した土方は、布団を敷き終えると千鶴が持ってきたお茶を飲んだ。

悪戯を企む沖田よりもたちの悪い悋気と、そのような言動を諌める様に千鶴は応えた。

「……土方さんが島原へいらした際の表情で、原田さんも気付いていました」

「だったら、男を侍らすんじゃねぇよ。いや、おまえが誘ったのか?」

そう土方が、あからさまに仲間を疑って貶める事に対し、千鶴は素直に憤った。

そして、千鶴も憤りをあからさまにみせつける様に、土方の頬を叩こうとした。

しかし、千鶴の手は土方に止められた。

そして、土方は互いの身を抱き寄せると、千鶴へと深いくちづけをした。

その様な強引な行為に慣れてしまった千鶴は、ただ瞳を見開いたままその深さに溺れた。

しかし、千鶴の瞳に欲情が灯ったのを確認した土方はあえて互いの身を離した。

そして、互いの身を離すと、土方はゆっくりした所作で千鶴が持ってきたお茶を飲んだ。

その様な土方の放置にも慣れた千鶴は、空になった湯のみを持って退室しようとした。

すると、土方は千鶴の片手を掴むと、強引に畳へと縫い止めた。

その強引さ故に、姿勢を崩した千鶴は、片手を縫い止めた土方の方へと身体が傾いた。

そして、千鶴が傾いた身を正そうと顔を上げた時、土方の視線と交わった。

否、千鶴が土方へとくちづけたかのような姿勢である事に気付いた。

それ故に、千鶴はすぐに離れようとしたが、土方は掴んだ片手を離そうとしなかった。

「俺が欲しくないのか?」

「欲しいと言っても、土方さんの選ぶものはひとつ、でしょう?」

という千鶴の言葉を予想していた土方は、あえて高慢な笑みで否定もせずに問い返した。

「だからどうした?」

そう問い返してきた土方の言葉に対し、千鶴は応える言葉がなかった。

いや、千鶴は言葉で返す意味がないと思った。

それ位、千鶴も土方の強い思いと相反する想いを持て余しているのだと理解していた。

だから、千鶴は高慢な笑みを浮かべる土方の唇に、自身の唇を合わせた。

しかし、それを見越していた土方はあえて表情を変えなかった。

そして、千鶴は土方の反応に少しだけ驚いて目を見開いた。

それ故に、千鶴は土方との距離を取ると、真っ直ぐな視線と共に想いを告白した。

「私は土方さんが好きです。そして、この想いは、私自身で選んだ結果です」

という、千鶴の正直な告白は、あえて装っていた土方の想いを打ち壊した。

それ故に、土方は素の笑みを浮かべながら、千鶴へと降参する意志を言葉にした。

「……おまえにはかなわねぇな」

「でしたら、今日はお休みください」

そう応えられた土方は、互いの距離が近い状況から、夜らしい艶めいた言葉を口にした。

「……おまえが添い寝をしてくれるってえのか?」

「それでは、土方さんの休みにはなりませんから、駄目です」

「そんなことはかまわねぇ。俺が欲しいと言ってんだ」

「駄目です。土方さんはお休みください」

と答え、強引に互いの身を離そうとする千鶴に対し、土方は再び強引にくちづけた。

その強引さと相反する優しさが、千鶴に真綿で抱きしめる様な温もりを与えた。

そして、再び土方の想いに酔いしれた千鶴に対し、苦笑うような表情でこたえた。

「この俺がその気にさせるなんて、貴重な体験が出来るのはおまえだけだ」

「……でしたら、私は土方さんに休みを与えられる存在として、貴重になりたいです」

そうこたえる千鶴の表情は艶めいているのに、瞳だけが真摯で強い意志に満ちていた。

その瞳をみせられた土方は、自身の敗北を再び認めるしか出来なかった。

「わーったよ。おまえの好きにしろ」

「……ただの添い寝でしたら、いくらでもしますよ?」

「惚れた女が隣で寝るのに、手も出せねぇなんて、拷問以外の何物でもねぇぞ」

という土方の簡潔でわかりやすい男心故の発言に対し、千鶴は不思議そうに問い返した。

「そうですか? 私は土方さんの隣で寝るのはすごく好きなんですけど……」

そういう千鶴の、常の聡さと相反する恋愛事への無知さが、土方に暗い感情を与えた。

そして、その暗い想いのままに、土方は掴んでいた千鶴の手を持ち上げると押し倒した。

「へぇ……だったらぐっすり眠れるようにしてやる」

「ま、待ってください、土方さん!」

と、千鶴は土方に『正しい』休息を取ってもらおうと足掻いた。

しかし、暗い想いに染まった土方を止めるには足りなかった。

「自業自得だと思って諦めろ」

そう耳元で囁いた土方は、陽が昇る刻限まで千鶴を放さず、気絶も許さなかった。

そして、そのような深い土方の想いに対し、千鶴も出来うる限りの想いで応えた。

 

 

 

 

 

皓月庵(サイト)様への寄稿小説ですが、当サイトでは美麗イラストのUPが出来ていません。すみません。