氷炎が病院に運ばれた翌朝、ギリギリの時刻で東方司令部に現れたロイは驚いた。
入院を勧められた重傷の氷炎が、通常の軍務に就いていたから。
その状態を男性陣は無言で見過ごし、片割れといえる女性補佐官は沈黙していた。
その光景を何度も見せられていたロイは、個人の執務室に氷炎を呼び出した。
そして、いつものように無茶を咎めるロイに対し、氷炎は無言だった。
「……そうだな。私は上官で、おまえは補佐官であり護衛だったな」
そう言うロイの声は『敵』を目の前にしたかのような、冷たさを感じさせた。
それでも氷炎の態度は変わらず、むしろ硬化したかのような冷たい雰囲気を漂わせた。
「ではこう聞こう、氷炎の。なぜ私を無理にかばった?」
「私が護衛であり補佐官だからです」
あくまでも『こたえ』を言葉にしない氷炎に対し、ロイも強い口調で問い質した。
「あれくらい、私ならば軽傷で済んだはずだ」
「軽傷だろうと、上官を護るのは当然です」
「その為に、おまえが入院ギリギリの傷を負っても良いと?」
「その為に、私はマスタング大佐の部下となりましたから」
部下として答える氷炎の態度は、ロイの怒りに火を注ぐような言動だった。
それを理解している氷炎と、理解しても納得できないロイは更に言葉を重ねた。
「……東方の治安が不安定とはいえ、ここはイシュヴァールではない」
「何処であろうと、私は護衛任務を遂行するまでです」
「では命令だ、氷炎の。今後は私を護るな!」
そう、ロイに命令された氷炎は、沈黙を返した。
怒りで氷炎の言動を理解しようとしないロイは、思いのままに言葉を続けた。
「……無言は否定か? 軍法会議でも良いと?」
そこまで問われた氷炎は冷たい雰囲気を崩す事なく、真っ直ぐな視線だけを返した。
そして、その視線の清さと冷静さに気付いたロイは、自分の言動を省みた。
それ故に、ロイは氷炎に対する言葉を『親友』としての口調に戻した。
「……命令は撤回だ。だが出来る限り重傷は避けろ。俺もおまえが傷つくのを見たくない」
「ええ。もちろんよ、ロイ」
そう答えた氷炎の微笑みは、母性と暖かさに満ちていた。
そう氷炎が微笑むのは軍務に就いている時には見られない為、ロイは素直に問いかけた。
「いつもそういう風に笑うつもりはないのか?」
ロイの問い掛けの意味がわからない氷炎は、意味を確認する様な視線を返した。
相変わらず、自身の魅力に関わる事には鈍い氷炎に対し、ロイは苦笑いを返した。
「気付いていないのか? そう笑っていれば、男など選び放題になるぞ」
「私は恋愛に興味はないし、ロイ以外を護るつもりもないんだけど?」
「恋愛を否定するとは……人生を損する生き方だと思わないのか?」
そう氷炎をからかうように、ロイは楽しげに問い返した。
しかし、氷炎にとっては楽しい事ではない為、切り上げるようにロイへ問い返した。
「その言葉、ホークアイ中尉にも言ってみる?」
「……その言葉は本気か?」
「私はいつでも本気よ?」
と、氷炎に問い返されたロイは、いつものように白旗を上げさせられた。
氷炎との付き合いが長いロイは、こういう会話を好まない事は熟知していた。
それにこの状況で、氷炎がホークアイを味方につければ、ロイが窮地に陥るしかない。
「……わかった。私の負けだ。とりあえず、しばらくは自宅で休養しろ」
「事務仕事なら支障はないし、護衛任務も問題はない」
「重傷者の手を借りる程に忙しくはない。それに、怪我人に護られるつもりはない」
そうロイは、氷炎の答えだけは強く否定した。
氷炎の意志を変える事が出来ないと再確認したロイにとって、それは譲れなかった。
しかし、氷炎にとってもロイの言葉は受け入れられない、譲る事の出来ない言葉だった。
「この程度の傷なら、本当に……」
「言っただろう、ここはイシュヴァールではない。おまえが無理をする必要はない」
と言われた氷炎は、ロイの言葉に対し、いや思いに対し、譲歩を口にした。
「……じゃあ、書類整理とロイが出向く事件への付き添いは?」
「……本当におまえは俺の母親のようだな」
「マダム程の情報収集は難しいけど、そう感じてくれるだけでも嬉しい」
そう氷炎が答えながら微笑むから、ロイは完全に白旗を上げつつも意志は伝えた。
「おまえはおまえだ。換わりや代用にする気はないぞ」
「その言葉だけで充分よ。ありがとう、ロイ」
「では、私の書類整理から頼むか」
「了解しました。マスタング大佐」
氷炎の容姿ですが、黒髪黒眼の中性的な美人という設定ですが、長い黒髪をただ無造作に束ねる程度に、自身の容色には無頓着という設定も。
軍の上層部との取引もある商人でもある富豪の1人娘でもある為、着飾る技術はあります。
ですが、氷炎自身はそういった事に興味はないようです。
使用お題『護りたいあなたへ捧げる10のお題 (1)』配布元:疾風迅雷