「土方さんって本当に鬼副長と呼ばれているんですか?」
そう沖田に問うたのは、新選組の厄介者から鬼副長の寵愛を独占する事になった千鶴だ。
否、幹部達は千鶴の本来の性を知るが故に、土方と千鶴は恋仲であると認識していた。
そして、その事実に当事者達は理解していない事にも幹部達は気付いていた。
それ故に、沖田は千鶴の不安と思いに気付いていたが、あえてからかう事を優先した。
「……それって惚気?」
「総司、そう茶化すのはよせ。千鶴は真摯に聞いているのだぞ」
「だけど、土方さんが鬼副長と言われるのは当たり前すぎて、説明なんて出来ないと思うけど?」
という沖田の答えは当たり前だったが、千鶴への配慮をした斉藤は丁寧に答えた。
「副長がその様に言われるのは新選組を支える為だ。故に、恋仲である千鶴に対して甘くとも問題はない」
「え……こ、恋仲、ですか?」
そういう千鶴の応えは、沖田の悪戯心を強く刺激し、それも察した斉藤は溜め息を吐いた。
「へぇ、土方さんってば独占欲は示すくせに告白もしてないのか……なら、僕と恋仲にならない?」
「総司!」
「え、あ、あの……本気ですか、沖田さん?」
「うん。だって、君みたいな子と一緒にいたら退屈しないだろうし」
という沖田の率直な答えを聞いた千鶴は答えに困った。
否、沖田の想いが理解できない、否、理解を求めていない告白に対して千鶴は戸惑った。
そして、沖田の悪戯、否、特殊な言動に慣れていた斉藤は千鶴の気遣いを不要だと断じた。
「千鶴、総司は玩具にしたいだけだから答える必要もない」
「それ以外にも興味や想いもあるつもりだけど?」
「……『つもり』と言う時点で、副長の本気であられる想いと比較する事も有りえん」
「そう一君は言うけど、千鶴ちゃんはどう思う?」
そう言いながら近づく沖田は甘い声と意味深でも魅せられる笑みを千鶴に見せた。
その様な告白、否、口説かれる経験が少ない千鶴はただ戸惑いながら体を硬直させた。
そして、沖田が止まらない事も、千鶴の戸惑いも、近づく気配も気付いた斉藤は沈黙した。
また、沖田も斉藤よりも早く近づく気配に気づいていたが、あえて千鶴をからかい続けた。
「僕の方が土方さんよりも優しくするし、甘やかしてあげられるよ?」
「えっと、土方さんも優しいですし、いつも気遣って頂いていますから……」
と沖田に答える千鶴の態度は弱腰に見えるが秘めた意志は変えられないと斉藤も察した。
「……総司、引き際だ」
「……そうだね、やっぱり千鶴ちゃんの悩みは惚気だった、という事か」
「それに、副長の事は副長自身に聞くべきだろう」
そういう斉藤の言葉の意味が理解できない千鶴は首を傾げ、沖田は意味深に微笑んだ。
そして、そう斉藤から問いに無言で答えたのは、近づく気配の主でもあった土方だった。
土方がいる事に千鶴はただ驚いたが、沖田は笑みを変えず、斉藤はただ冷静に問い掛けた。
「今はお時間がありますか、副長?」
「そんな怖い顔をしてると、愛しい千鶴ちゃんに嫌われちゃいますよ?」
という沖田が、土方もからかおうとしている事を察したが故にただ千鶴に命じた。
「千鶴、来い!」
「は、はい!」
そう千鶴が土方の命に従うように、庭へ向かう土方の背を千鶴は小走りで後を追った。
その様な微笑ましい、否、沖田的にはからかうネタが増えた事を喜ぶように微笑んだ。
そして、その様な沖田の悪戯心も理解するが故に、斉藤はただ大きな溜め息を吐いた。
また、その様に斉藤が溜め息を吐く理由も察している沖田はただ楽しげに笑っていた。
「まあ、悋気もたまにはあると良いよね」
「……やはり、副長の気配に気付いていたか」
と斉藤から確認をされた沖田は先程までの悪態を感じさせない綺麗な笑みで答えた。
「だって、僕達と話すだけであんなに怒り狂うなら、さっさと告白すればいいのに」
「ならば、けしかける方法も考慮しろ」
「えー、楽しい方が何事でも最優先事項だよ」
そういう沖田の自身の悪戯を優先するような言動に対して斉藤は無言で制した。
否、その無言には脅迫以上の殺気がある事を理解した沖田は正直な答えを言葉にした。
「はい、はい。千鶴ちゃんをけしかけるのも、からかうのも、当分は控えるよ」
「何を企んでいる?」
「しばらくは千鶴ちゃんが息抜きになってくれそうだって事だよ」
という沖田の率直な答えを聞いた斉藤はすぐに殺気を消した。
そして、その殺気が消える事も予測していた沖田は斉藤にただ笑みを見せた。
人気がない庭の一角に来た土方は、自身の背を追ってきた千鶴を抱き寄せた。
そして、ただ驚く千鶴の背を木に押し付けると、土方は覆い被さりながら問い掛けた。
「俺を試す気か、千鶴?」
そう土方に問われる様な確認をされた千鶴は戸惑いながらも正直な思いを言葉にした。
「試すなんて、思ってもいません」
「なら、理由を言いやがれ」
という土方の問いと真っ直ぐな視線は、千鶴の身動きも思考も奪うように強かった。
故に、千鶴は下手な操り人形の様に、ぎこちない答えを口にする事しか出来なかった。
「……わかりません」
「……」
「本当に……わからないんです」
「何がわからねぇって言うんだ?」
「……土方さんの事が、です」
そういう千鶴の答えは土方の想定通りだったが、そう言われた自身の反応は違った。
そう。
千鶴から求められたといえる言葉を聞かされた土方は、互いの想いの深さを再確認した。
否、千鶴の想いも甘く見積もっていた自分に舌打ちをしながらも喜びを隠せなかった。
そして、その様な土方の思い、否、反応に気付けない千鶴はただ正直な想いを吐露した。
「私は土方さんの事が知りたいんです」
「へえ、そいつは奇遇だ。俺もおまえの事が知りたい」
「え?」
「誰の為に頬を紅く染め、潤んだ瞳で誰を見て、そして甘い声で誰を呼ぶのか、と」
という土方は互いの顔を近づけると、千鶴の顎を上向かせながら甘く囁いた。
また、その様な土方の艶やかな仕草と甘さに酔った千鶴は応える事が出来なかった。
否、土方が魅せる艶と整った容姿に見合う甘さに囚われた千鶴は何も応えられなかった。
そして、その様な千鶴の言動に満足している、否、更に言質を取るように土方は囁いた。
「何も言わねぇなら、相応の覚悟をしろ」
「?」
「今、ここで答えねぇつもりなら、夜は覚悟しておけ。男の悋気も教えてやる」
そう土方が告げた言葉は死でないが、最大の危機だと察した千鶴は反射的に問い返した。
「こ、答えもわかっているのでは?」
「……何のことだ?」
と土方が意図的にとぼけた事も察した千鶴も正直に自身の深い想いと覚悟を言葉にした。
「……好きです。初めて会った時から土方さんの瞳に惹かれました」
「瞳?」
「ええ。あの時のお言葉は冷たくて怖かったですけど、土方さんの瞳は人らしい感情とその揺れを感じましたから」
そう千鶴から告白された土方は、想定外なきっかけに驚いた。
否、想いだけではない重なるモノが増えた事実と、それを心から喜ぶ自身を苦笑った。
故に、囲い込んだ状態で迫っていた土方のその様な反応は千鶴を違う意味と戸惑わせた。
「土方さん?」
「いや、俺の容姿に惚れる女は多いが、瞳が理由だと言われたのは初めてだな。それに、俺もおまえの瞳が気に入ったから『同じ』だな」
と土方から正直な、否、意外な反応をした理由を告げられた千鶴はただ驚いた。
「え?」
「俺が一目惚れをしたらおかしいっていうのか、千鶴?」
「い、いいえ、私なんて恋愛対象外な子供だと思っていましたから……」
「そんな男装で性を偽れてると思う甘さがあるのに、覚悟を秘めてた瞳は……綺麗だと思ったんだよ」
そう千鶴に告げた土方は交わっていた視線を意図的に外してから横を向いた。
そして、視線を外した理由と土方の頬が少しだけ紅い理由も察した千鶴はただ微笑んだ。
「私、男性からそんな風に告白されたのは初めてです」
「……」
「え、あの、私、変な事を言ってすみません!」
「……告白された事があるのか?」
「え?」
「それとも、おまえは男と付き合った事もあるってぇのか?」
という土方からの連撃、否、致命傷に至るような寸止めを何度も受けた千鶴はただ慌てた。
「そ、そんな事ありません! 初恋といえるのは土方さんなのに……!」
「へぇ、嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか。礼に今夜も可愛がってやるよ」
そう千鶴に応えた土方は、先程の戸惑いからの連撃が嘘の様な余裕な笑みをみせた。
「なんだ。そんなに期待されちゃあ、頑張らねぇといけねぇな」
「そんな頑張りは必要ありません!」
と千鶴は土方の腕の中で抵抗するように激しく動いた。
しかし、その様な可愛らしい抵抗は土方の欲をただ煽り、千鶴の意図は通じなかった。
そして、その抵抗が乙女の恥じらいであると察した土方はあえて千鶴に抵抗をさせた。
故に、抵抗の無意味さと土方の察しにも気づいた千鶴はただ俯く事で抵抗しようとした。
だが、土方がその様な抵抗を許すはずもなく、千鶴は甘いくちづけで全てを奪われた。
皓月庵(サイト)様への寄稿小説ですが、当サイトでは美麗イラストのUPが出来ていません。すみません。
あと、土方さんが千鶴嬢に一目惚れをしたら、という捏造設定の番外となりましたが、未読の方でも大丈夫な仕様だとも思います。
だた、この設定での土方さんはデレ方になりやすく、千鶴嬢は覚悟よりも恋心を先に自覚した恋する乙女であると認識して頂ければと思っています。