「クラインの天幕へ行かれるのですか?」
そうアルムに問い掛けたのは、ディアーナへの想いを否定していた腹心の部下だった。
だが、その強硬な進言の理由は、アルムとディアーナの身を思うが故であった。
そんな思いも『現状』も理解しているアルムは、ただ短く肯定した。
「ああ」
というアルムの答えを聞いた腹心の部下は、『現状』を理解したが故に異を唱えなかった。
そう。
近隣諸国とクラインによる宣戦布告と王位継承権への復権がなければ、アルムの命どころか、ディアーナの命も失われていたかもしれなかった。
それ程、アルムがディアーナに『選択』を委ねる行為は、互いの危険が大きすぎた。
しかし、『好転する現状』が、ディアーナとの関係を不安視した側近たちに変化を与えた。
だから、ディアーナと関わる事へ一番強硬に否定していた腹心の部下もただ黙認した。
「……2時間後には、こちらへ必ずお戻りください。作戦会議がありますので」
「……わかった」
そうアルムは再び淡々と応えた。
その言葉に秘められたアルムの感謝と配慮に対し、腹心の部下はただ最敬礼で応えた。
クラインの天幕に着いたアルムは、形式的な挨拶をセイルと済ませてからディアーナの元に訪れた。
アルムの訪れをディアーナは素直に喜び、自らの手でお茶の用意をはじめた。
そして、ディアーナの護衛と監視を兼ねていたシルフィスとメイはそっと天幕から出た。
そんな高待遇を指示しているセイルとディアーナの想いに対してアルムは感謝した。
そんなおもいに気付かない、いや、同じく思うディアーナは不思議そうに問い掛けた。
「アルム?」
「どうかしましたか?」
そうアルムが問い返すと、ディアーナは可愛らしく首を傾げつつも的確に問い返した。
「いいえ、ただ少し気になって……何か嬉しい事がありましたの?」
という、ディアーナの問い返しと紅茶を差し出されたアルムは意表を突かれて驚いた。
「え?」
「解放軍の士気も高いですし、主要都市はほぼ制圧済みで、大樹も回復傾向ですけど、そういう喜びとは違う気がして……」
「かなわないな」
そう応えながら、ディアーナが差し出した紅茶を受け取ったアルムは苦笑った。
そう笑うアルムの仕草は、とても盗賊生活が長かった者とは思えぬ優雅さがあった。
また、1年前よりは姫君らしくなったディアーナも、気品を損なわぬ様に問い返した。
「わたくし、余計な事を言ってしまったかしら?」
「いいえ、君と共にいられる現実が嬉しいだけです」
というアルムの答えを聞いたディアーナは、喜びから感極まった様に名を言葉にした。
「アルム……」
「ただ、心配も増えた事は想定外でしたが」
「心配?」
「共通の信仰対象である大樹の癒し手で、容姿端麗でありながらも気取らない心優しき姫君。そう噂されている事は知っていますか?」
そうアルムが問い返すと、ディアーナは可愛らしくも姫君らしくない怒りを見せた。
何故かというと、その噂を聞いた時の怒りまでも、ディアーナは思い出したからだ。
「……メイとシオンに言われましたわ。クラインでの所業がばれるまで、少しでも多くの好印象を心がけつつも大人しくしていろ、と」
というディアーナの答えは、アルムの想定外だったが故に言葉を返せなかった。
そして、幼子の様に頬を膨らますディアーナの表情を、アルムは素直に可愛いと思った。
しかし、アルムは反応に気付かないくらい、ディアーナが不機嫌な理由を聞こうとした。
「メイに比べたら、わたくしの言動なんて可愛いモノですのに。なのに、お兄様まで無言で同意されていますのよ?」
そう告げるディアーナは、今にも泣きそうなくらい悲しみと怒りを隠す事なく見せた。
それをみせられたアルムは、苦笑いしつつも正直な本音を言葉にした。
「僕としてはクラインでの所業が少しでも早くばれて欲しいですけどね」
「まあ、アルムまでわたくしの事を……」
とディアーナは、アルムの言葉の意図を誤解したまま、言葉を重ねようとした。
しかし、すぐにアルムは短い言葉でディアーナの誤解を否定した。
「違いますよ。ライバルは少しでも減らしたいだけです」
そう言われたディアーナは、アルムの想いと誤解を知ると、すぐに頬を赤く染めた。
そして、アルムの想いへ応えるように、ディアーナも自分の想いを素直に告げた。
「……わたくしがどのように思われていても、わたくしはアルムと共にいる事だけを選びますわ」
「……ありがとう、ディアーナ」
「好意は受け取りますけど、感謝は必要ありませんわ。だって、ただ私の意志と想いを告げただけですもの」
「だからこそ、嬉しいんですよ」
「そういうアルムこそ、私で良いのですの?」
というディアーナの素直な問いに対し、アルムは再び苦笑うような表情と共に答えた。
「……確かに『アルムレディン王子』への好評は嬉しいですが、君と一緒の未来を望む気持ちに変わりはありませんよ」
「ありがとうですわ、アルム」
「いいえ。僕も君と同じ気持ちだと知って欲しかっただけです。ただ、今は想いを告げる事しか出来ませんが……」
そうアルムは、『好転する現状』故のジレンマを素直に告げた。
そんなアルムの思いと互いの想いも理解しているディアーナは微笑みながら答えた。
「……わたくしはアルムを待ちますわ。いえ、アルムが遅ければダリスまで押し掛けましてよ?」
「それは嬉しいけど、未来の兄君の心労を増やしたくはないから、出来るだけ早く迎えに行きます」
「ええ。わたくしもいつ迎えが来ても良いように頑張りますわ」
……今回のお題を使用したSSではかなり甘くなったかと。
本当はアルムと腹心の会話を長く書きたかったのですが、そうなると再び玉砕かと思いまして。
いえ、書きはじめたら、現状の2倍以上になった為、慌てて半分くらいは削除しました。
なので、糖度の少ない会話は最低限にして、高糖度を目指しましたが……
いえ、さすがにこれ程の高糖度は……慣れるのが難しいです(苦笑)
恋愛の10題(11)お題配布元:疾風迅雷