プロミス 第6話

家庭教師も兼ねていた文官のアイシュは、その教え子の部屋でニコニコしていた。

その笑顔が当たり前になった教え子のディアーナは、黙々と文書を作成していた。

そんなディアーナへ、提出された文面に目を通したアイシュは上機嫌で問いかけた。

「やはり姫様は~セイリオス殿下の~妹君なのですね~」

そう問われたディアーナは、作成していた文書から目を離して問い返した。

「どういう意味ですの?」

「いえ~姫様が提起する~案件やアイディアは~素晴らしいという意味です~」

と、アイシュが笑顔で機嫌良く答えた。

初めて出会った時の惨状を知る者として、ディアーナの成長ぶりが誇らしいようだ。

そして、素直な賛辞を受けたディアーナも誇らしげに、だが高ぶる事なく受け流した。

「まあ、アイシュもお世辞が上手くなったのね」

「そんな事は~ありませんよ~。姫様の提案を~頼りにしている~文官もいるんですよ~」

「なら、もっと頑張りますわ」

そう答えたディアーナは、兄のセイリオスから貰ったペンを片手に握りこぶしを作った。

そんなディアーナに対して、アイシュはいつも通りの調子で素直に問いかけた。

「そうですね~。あ、姫様~、国民目線の~提案が多い理由は~やはり~お忍びの成果なのですか~?」

「え?」

と、ディアーナは予想外なアイシュの問い掛けに戸惑った。

しかし、アイシュはディアーナの態度を気にすることなく、忌憚のない思いを口にした。

「いえ~、姫様は王室育ちなのに~提案される案件は~国民から強く反響がある事ばかりなので~、文官たちの間では~セイリオス殿下の~お忍びも公式に~検討しているとか」

そこまで言われたディアーナは、アイシュの意図を察し、素直な思いから軽く睨んだ。

「……それは褒められているのかしら、アイシュ?」

「あ、ははははは。失言ですね~。でも~姫様のアイディアは~着目点が良いんですよ~」

「それが国民目線なら、もっと文官は民を知るべきですわ」

「そうですね~。国民生活を~知ろうともしない高官は~意外と多いですから~」

と、アイシュはナチュラルに上層部への毒を吐いた。

そんなアイシュの天然さに慣れたディアーナは気にせず、違う文書を手渡した。

「では、次の提起に取り掛かりましょ?」

「はい~」

 

 

 

ディアーナが国務の実績でも名を広めたていた頃、アルムレディンも国務に励んでいた。

無茶な書類捌きを止めたアルムレディンは、国民からの意見も広く受け入れていた。

それは復興を遂げようとしているダリスにとっても良い兆しであった。

一点を除いては。

そう、一点を除いて、アルムレディンの治世は国内外に良いと思われていた。

「では、次だ」

「はい。ですが、そろそろ休憩を取られては……」

と、反乱軍の頃からの腹心である部下の意見を、アルムレディンは笑顔で受け入れた。

「そうだな。では、イーリスを呼んでくれ」

そうアルムレディンが答えると、まるで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

しかしそれは一瞬で、すぐに王の責務を果たしているアルムレディンの言葉へ従うように、能面のような表情で問い返した。

「……旅人のイーリス、ですか?」

「今日もクラインの事を聞きたいのでね」

と、アルムレディンは部下の思いに気付いていながらも、それだけは汲む事が無かった。

それこそが、アルムレディンの王としての評価を左右する一点だった。

だが、アルムレディンがこだわる理由と想いと意図が、腹心の部下には明白だった。

それ故に腹心の部下は、アルムレディンに対して一歩だけ引いた。

「……わかりました。では少しお待ち下さい」

そう答えられたアルムレディンは、その言葉とある気配を察して微笑んだ。

「……いや、待つ必要はないみたいだ」

「え?」

と、取り乱す腹心の部下も気にせず、アルムレディンは平静な表情で言葉を続けた。

「入室を許す」

「失礼します、ダリス王」

そう言って執務室へ入ってきたのは、ある人物の意図でダリスを訪れたイーリスだった。

異質な空気の運び手である人物はその事に気にせず、呼び込んだ人物も気にしなかった。

「ナイスタイミングだね、イーリス。ちょうど休憩をもらえた所だよ」

「……では、30分後に」

と、言って退室しようとする腹心の部下に対して、アルムレディンは笑顔を向けた。

「ああ。それまでは君も休んでくれ」

「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

そういうありきたりな言葉で、腹心の部下は退室した。

ドアが閉まり、足音が消えるまで、アルムレディンとイーリスは沈黙を保っていた。

「……」

「……」

「そろそろ大丈夫かな?」

と、アルムレディンはイーリスへ確認するように静かに問いかけた。

すると、イーリスは常にある貴族を嫌う色などを感じさせない表情で問い返した。

「はい。今日はどのような提起を?」

それが当たり前となった事実に、アルムレディンは自然と微笑みを浮かべた。

アルムレディンが示した態度と真摯な想いが、かの人物ほどに認められたという事実が。

イーリスにダリスへ来訪させた依頼者で、信用している王族でもある人物に並ぶ程には。

その思いに応えるよう、アルムレディンは密かに精査するクラインへの干渉を口にした。

「現クラインの環境整備に関してだが」

すると、イーリスは旅で訪れた国々の情報も交えて真面目に答えた。

「そうですね。他国と比べても……」

という答えが、依頼内容よりも破格のであった事を、イーリスは口にしていなかった。

あくまでもイーリスは貴族を嫌う態度を改めようとは思わなかったから。

かの王家の兄妹以外に、イーリスの認識を改めさせる存在があったという事だけだから。

そして、アルムレディンもその事実を確認する事なく、ただイーリスに応えた。

 

 

 

アルムレディンの治世によってダリスが安定した頃、クラインへの招待を受けた。

それはディアーナと関わる事ではなかったが、アルムレディンにとっても朗報だった。

セイリオスが独身の王となり、その戴冠式と舞踏会への招待状だったから。

ダリスの情勢が安定した事もあり、アルムレディンは大使節団と贈り物をもって訪れた。

だが、それを特別視させず、王同士の会談なども申し込む事もなかった。

ただ、戴冠式後の舞踏会で、クラインの新王を囲む人の輪に入って声を掛けた。

「おめでとうございます、クライン王」

と、言われたセイリオスは、ダリスの王であるアルムレディンには自然な笑顔を返した。

それは密約を交わし合った仲だから、という意味だけでない。

ただ、セイリオスがアルムレディンという人物に好感を持っていたから。

「有り難うございます、ダリス王。過分な祝いにも感謝します」

そうセイリオスに答えられたアルムレディンは言葉以上の意味を感じて微笑んだ。

「いいえ……近い未来では義兄弟となるのですから」

と答えられたセイリオスも裏表のない笑みをアルムレディンに返した。

「そうですね。私の約束はまず果たせそうです」

「え?」

そうアルムレディンは場違いで素っ頓狂な声で問い返した。

そんなアルムレディンに対して、セイリオスはますます笑みを深めながら応えた。

「今度は貴方が約束を……」

とセイリオスが言葉を返そうとした時、アルムレディンは場を忘れて大声で応えた。

「ありがとうございます!」

「詳しくは後日に」

そうセイリオスに言われたアルムレディンは状況を省みながら自嘲の笑みを返した。

「はい。今宵のダンスは迷わずに済みます」

「それではアレも喜ぶでしょう」

と、セイリオスが言葉を返そうとした時、クラインの側近がわざとらしい咳払いをした。

そんな側近の態度に対して、セイリオスも自嘲の笑みを返した。

「ああ。すまない。ではダリス王、後日に」

「はい。失礼します」

と答えたアルムレディンは、セイリオスを囲む輪の中から、静かに違う輪に向かった。

その輪は、クライン王の戴冠式での主役であるセイリオスより人を惹きつけていた。

そして、無粋と言われるような強引さと王らしい態度で、その輪の中に割って入った。