「何故ですの? 今までわたくしの部屋にメイを泊めたいと言ってもダメでしたのに」
と、ディアーナが大声で大荷物を持って来室してきたメイとシオンに理由を求めた。
しかし、想定内であったシオンはいつも通りの軽い調子で答えた。
「姫さんがダリスヘ嫁ぐまでの間だけだ。まあ、その他にも勉強以外の役目も増えるかもしれないがな」
「どういう意味ですの?」
シオンの言葉を真意から問いただそうとしたディアーナはメイに真剣な眼差しを向けた。
「そのまんま。殿下がディアーナとダリスの新王の子を後継者にするって告示する手回しをするようになったの」
「わたくしとアルムの子って……わたくし達は結婚もしていないんですわよ!」
「気持ちはわかるよ。でも、殿下は止められなかった……ゴメン」
と、メイは自分の所為ではなくとも、ディアーナの思いがわかった為に真面目に答えた。
だからディアーナもすぐに冷静な声で二人の心情も理解した。
「そんな、メイが謝る事ではないですわ。悪いのは……わたくしなのでしょう?」
「……気付いていたのか?」
そう問い返したシオンは、驚きからいつもの軽口を忘れた。
そんなシオンに対して、ディアーナは自嘲する様な笑みを添えて答えた。
「だって、クラインの現状を考えれば、わたくしが有力な国内の貴族と婚姻するか、お兄様が有力な娘を娶る他に安定した後継者は出来ませんもの。第一、そうでなければ元老院は納得しない、でしょ?」
とディアーナも問い返した為、シオンは己の認識の甘さを知って絶句した。
メイはディアーナの認識と能力に驚きはしなかったが、あえて言葉を返さなかった。
「わたくしだって、単純に喜んでいただけではないのですわ。わたくし達の婚姻を認めるなら、わたくしが嫁ぐまでに新しい『お姉様』と仲よくなる事が出来るかも、と思っていたのですわ。でも……お兄様は『後継者』を望まれたのですわね」
「まあ、シスコンの殿下らしいとは思うけど……なんで結婚しないのかな?」
そうメイは素直な問いを口にした。
事情を知らないメイらしい素直な問いだったが、いつものように答える者はいなかった。
シオンもディアーナもその事情は知っていても答える言葉を口に出来なかった。
それを覚ったメイは重くなった空気を変えるように明るい声でディアーナに問い直した。
「ま、とりあえずそういう事だから、よろしくね、ディアーナ?」
「ええ。わたくしに出来る事は出来る限り頑張りますわ」
と、ディアーナはいつものように朗らかに答えたが、シオンはただ短い言葉を口にした。
「……その調子だ、姫さん」
ディアーナがメイとの同居準備を始めた頃、アルムレディンはクラインに訪れていた。
「すまない、レオニス」
と、アルムレディンは唯一の同行者であるレオニスにそう言葉を掛けた。
だが、生真面目なレオニスは周囲に気を配りながら、アルムレディンに問いを返した。
「今は貴方の護衛が任務です……しかし、本当に殿下はどうされたのでしょう?」
「それを確認する為に、今、こうしている。お忍びにはかなり慣れているようだね」
そう問われたレオニスは答える言葉を失った。
いや、返す言葉を口にする事が出来なかった。
今でも忘れられない、想い人の忘れ形見が初恋の君と呼ぶ青年に。
そして、そんな思いを察したのか、アルムレディンは軽い口調で言葉を続けた。
「過去は気にしてはいないよ。慣れている者が共にいるから楽になったのだから」
「では、ここから王宮に入りましょう」
と、レオニスはアルムレディンの配慮へ感謝するように短くも応えた。
言葉ではないレオニスの感謝に対して、アルムレディンも真摯に答えた。
「そうだな。それに、セイリオス殿下には直接お会いしたいからね」
「では、ここで休まれてください。私がセイリオス殿下との時間を確保してきます」
「ああ、頼んだよ、レオニス」
王宮から近くも人気が無い神殿の隠された一室で、セイリオスは淡々とクライン王家の秘密を口にした。
「本来、私には王位を継ぐ資格がないのです」
「お兄様!」
と、アルムレディンと共に聞かされたディアーナは事の重大さを諭すように叫んだ。
しかし、アルムレディンは知っていたかのように、冷静な問いをセイリオスへ返した。
「……王位の継承権は姉君とディアーナ姫のみだった、と?」
「……クライン王室に男の王位継承者はいなかった、という事です」
「……だから、自身の血を王家に残したくないのですか、セイリオス殿?」
詳しい説明ではなかったが、アルムレディンはセイリオスの意図を完全に理解した。
そして、その答えを聞いたセイリオスは自身の判断を良しとするように肯定を口にした。
「その通りです。アルムレディン殿」
「お兄様……」
二人の会話へ挟む言葉を失ったディアーナに、セイリオスは自嘲めいた笑みを向けた。
「すまない、ディアーナ。だが、暫定で王位を継ぐ者の血を残すのは許されない事だ」
「お兄様に実績があったからこそ、今まで当てずっぽうの糾弾だけだったのですわ!」
「確かに、僕もセイリオス殿以上の皇太子を知りません。それはご自身の徳だと、王位を継ぐに相応しいのだと、思われるべきです」
そうディアーナとアルムレディンに言われたセイリオスは、ただ決意を告げた。
「私は王位を継ぐ。それが私に課せられて納得した運命だと思って。だから、ディアーナ、私にも希望が欲しい」
「希望?」
「クライン王室に偽りなき正しい血を引く嫡子を」
と、セイリオスに言われたアルムレディンは、再びその言葉の意図を理解した。
「……わかりました。ダリスの王室にも僕しかいません。そして、婚約もまだ整っていませんが、ダリスの王室に王位継承者が2人以上できた時はダリスの説得を請け負います」
「……ありがとうございます……」
そう、セイリオスは言葉少なくも、最大の感謝をアルムレディンに返した。
そして、再び言葉を失っているディアーナへ、セイリオスは慈しむように語りかけた。
「お前にはダリスとクラインの『未来』を託す事になる。だが、お前なら大丈夫だと信じている」
「……お兄様」
そう答える事しか出来ないディアーナの頭をセイリオスは撫でた。
そのような兄妹に対して、最大の理解を示すように、アルムレディンは言葉を口にした。
「君を幸せにする事が出来るなら、その為に少しでも役に立つなら、僕はどんな労苦も惜しまないよ」
「ありがとうですわ、アルム」
と、ディアーナが答えると、アルムレディンは微笑みを返した。
それを間近で見たセイリオスも最大の理解を示すような言葉を口にした。
「それでは、私は王宮に帰りますが、アルムレディン殿もご一緒に、如何ですか?」
「え?」
「お兄様……?」
「今後の事を話すなら、ここよりも王宮の方が安全だ」
そうセイリオスが言葉を繋げたので、アルムレディンは素直な感謝を口にした。
「ありがとうございます、セイリオス殿」
「いいえ。ダリスへ戻る際はまたレオニスに声をかけてください」
と答えたセイリオスは密かに扉の外で警護させていたレオニスとガゼルに移動を告げた。
そして、セイリオスの計らいを素直に受けたアルムレディンはディアーナの手を取った。
「……アルム、本当に良かったのですの?」
そう問いかけながら、ディアーナは自室のテーブルでハーブティを淹れて差し出した。
それを受け取ったアルムレディンは満面の笑みを添えて答えた。
「僕は嘘が下手なんですよ」
「それこそ嘘ですわ」
「そうですね。でも、君と幸せになる為なら、どんな苦難も乗り越えるよ」
と、アルムレディンは真摯に、だが、素直な想いを込めて答えた。
そんなアルムレディンへ、ディアーナは素直な思いを口にした。
「わたくしは構いませんの。お兄様の為に役に立つ事が出来るならば……」
「……本当に素晴らしい兄妹愛だね。妬けてしまうよ」
とアルムレディンが嫉妬めいた言葉を口にしたから、ディアーナも正直な言葉を返した。
「アルムこそ、大国ダリスの王様ですわ。どんな美姫でも選び放題ですのに、わたくしで良かったのですの?」
「君以外の妻を望む気はありませんよ」
そうアルムレディンに断言を返されたディアーナは頬を染めながらも想いを返した。
「……ありがとうですわ」
「ただ、君には重荷を背負わせる事になる……これからが大変だと思うけど、大丈夫かい?」
「大丈夫ですわ、アルム。わたくしこそ、クラインの王位継承者の母に相応しいと、国内外に認めさせますもの」
と断言をするディアーナに対して、アルムレディンもその心意気を押すように断言した。
「その意気ですよ、姫」
「でも、わたくし達に関わる事で、アルムにも余計な重荷を背負わせてしまって……ごめんなさい、アルム。ダリスは復興の最中だというのに」
「そんなことはないさ。ただ……」
「ただ?」
「君を独占できないのは……僕の我が儘かな」
そう告げるアルムレディンの言葉の意味がわからないディアーナは首を軽く傾げた。
その仕草に愛しさと負の感情も抱いたアルムレディンは、素直な想いを吐露した。
「本当は君をダリスの王妃として娶りたくないのも、本音なのですよ」
「どういう意味ですの?」
「……男の醜い嫉妬です。気にしないで下さい」
「わたくしには話せない事ですの?」
と、真っ直ぐな視線でディアーナはアルムレディンを追及しようとした。
だが、その追及を逃れたいアルムレディンはディアーナとの会話の矛先を変えた。
「……それよりもこれからです。姫には王位継承者として認められる必要があり、僕にも親クライン派としての認知と国内での実績が必要になります。君を迎えに来られる日が遅くなるかもしれませんね」
「……それは大丈夫でしてよ、アルム。わたくしにも出来る事があるのは嬉しいですわ」
と、アルムレディンの真意を微かに覚ったディアーナは替えられた会話に答えた。
変えた矛先に答えられた事と、その答えを聞いたアルムレディンは二重の意味で驚いた。
「そうなのですか?」
「ええ。だって、わたくしもアルムやお兄様の役に立ちたかったんですもの」
「……やはり、閉じ込める事は罪なのですね」
そうアルムレディンは素直な想いを小声で呟いた。
「え?」
「いいえ、なんでもありません。お互いに頑張りましょう、姫」
「ええ。頑張りますわ、アルム」