プロミス 第3話

アルムレディンが求婚の意志を口にした日の深夜、ディアーナの私室に忍びこんだ。

直前に知らされていたディアーナはアルムレディンを密かに、だが盛大に迎え入れた。

「また、お逢いできましたのね」

「今回は朗報もありますよ」

「まあ、アルムが逢いに来てくれた以上に?」

「はい。兄君、セイリオス殿下に求婚の意志を伝えました」

そう告げられたディアーナは、満面で微笑んでいたとは思えない硬直した表情を見せた。

「え……」

「正式には使者や儀礼にも配慮しますが、僕の意志は飾らずに兄君へ伝えました」

「……お兄様は……どう答えたんですの?」

と、ディアーナは硬直した表情のまま、絞り込んだような声で短く問い返した。

そんなディアーナの態度を予測していたのか、アルムレディンは微笑を絶やさなかった。

「言葉は返して頂けませんでしたから、否定も肯定もされませんでした」

「……」

「君も言葉は返してくれないんだね」

と言うアルムレディンの微笑みに含まれた感情に気付いたディアーナは取り繕うとした。

「いえ、ちょっと驚いただけですわ」

「……悪い癖がつくのは良くないから、嘘は必要最小限にしておくべきですよ」

そうアルムレディンはディアーナへ、幼子の悪癖を見つけて咎めるように言った。

そう言われたディアーナは硬直した表情と取り繕うとした事を謝罪するように答えた。

「……ごめんなさい、アルム。でも、あなたの手を取った事を後悔していませんわ」

「その言葉だけでも十分ですよ、姫。あなた達の絆の深さはわかっていますから」

そうアルムレディンは嫉妬じみた微笑みと苦笑いを添えて答えた。

だからディアーナも、アルムレディンへの素直な思いを口にした。

「ありがとう、アルム」

「それは僕の言葉です。では、今宵は約束の確認だけで」

そう言ってアルムレディンはディアーナの私室のバルコニーから姿を消した。

それを見送っていたディアーナは独り言のように小さく呟いた。

「ええ。わたくしはアルムを待っていますわ」

 

 

 

アルムレディンがダリスヘ帰国した日にディアーナは大きな溜息をついていた。

ディアーナとメイが言い出し、シルフィスを加えた王宮で行われるお茶会で。

その溜め息の理由がわかっていたシルフィスは苦笑いを、メイは単純な問いかけをした。

「ダリスの新王が恋しいの、ディアーナ?」

「恋しいのは当然ですわ。でも、そのアルムの為に出来る事がないのが不満なんですの!」

そう真剣に憤るディアーナを和らげるようにシルフィスは口を挿んだ。

「ですが、姫はダリスの環境を元に戻す大樹を癒したではありませんか。その事はダリスの民も歓迎している筈です」

「……お兄様に求婚を申し出た話は噂になっているの?」

そうディアーナに問いかけられたシルフィスは沈黙を、メイは紅茶を飲みながら答えた。

「シオンから注意する様にあたし達は言われたからね」

「注意?」

「ダリスの情勢が安定するまで、ディアーナがダリスヘ行くのを手伝わないように、って」

「まあ、シオンたら!」

「それだけシオン様も心配してくださっているかと」

そうシルフィスが再び口を挿んだので、ディアーナも感情的な物言いを改めた。

「わかっていますわ、シルフィス。私はクラインの王女ですもの。言動は注意しますわ」

「……じゃあ、ついでに一つ質問。昨夜はキスの一つでもした?」

と、メイがディアーナの反応を確かめるように問い掛けた。

「え?」

と、意図がわからないディアーナは疑問をメイに投げ返した。

そして、メイの意図に気付いたシルフィスは大惨事を予測して慌てた。

「メイ!」

「2人の密会の現場は押さえたけど、会話は魔法でも聞こえなくって……」

そこまで言われたディアーナはメイの意図に気付き、大噴火のような勢いで問い質した。

「メイ!!」

「ひ、姫、落ち着いて下さい!!」

と叫びながらなだめようとするシルフィスとは対称的にメイは淡々と紅茶を飲んだ。

 

 

 

クラインを含め、重要と言える国々との外交を直接済ませたアルムレディンは、ダリスで書類と格闘をしていた。

その捌きようは神業であり、休みも少ない事から近親達の心配を誘っていた。

「もう少し書類を片付けるのを休まれてはいかがでしょうか?」

という、昔からの近臣の言葉にも耳を貸さず、アルムレディンは書類を捌いていた。

そこへ、ダリスでの任務の報告をしていたキールが、意図を持って口を挿んだ。

「大樹はディアーナ姫の癒しで順調に回復しています」

と言われたアルムレディンは書類を捌く手を止めた。

なので、同じく任務の為にダリスに滞在し、報告に来たレオニスも言葉を繋げた。

「陛下に問題が起これば、かの姫君は無理矢理ダリスへ来られると思いますが?」

「……それは一大事だね。では、優しきクラインの進言を受け入れよう」

そう言ったアルムレディンは、書類を捌く手を休めて近臣にも休息を指示した。

その指示で近臣達が退室すると、アルムレディンはキールとレオニスに笑みを向けた。

「確か君達は……」

「クライン王家の近衛騎士で、騎士見習いの訓練所を任されているレオニスと申します。今はダリスの治安維持活動の指導の任を遂行しております」

「私はクラインで緋の肩掛けを拝領した魔導師のキールと申します。今は主にダリスの大樹を回復する任務を遂行しております」

と、告げられたアルムレディンはセイリオスの好意へ素直に感謝をした。

クラインに潜伏していた事も噂も知るアルムレディンは二人の有能さを知っていたから。

「セイリオス殿下は有能な人材をダリスの為に……感謝する」

「そのような過分なお言葉を……」

「謙遜はいらないよ、レオニス。ディアーナ姫を知る者と言えば、僕には嬉しい来訪者だ」

そうアルムレディンが答えたので、キールは素直な思いから深い溜め息を吐いた。

その溜め息が、ディアーナに関する事だと気付いたアルムレディンは反射的に微笑んだ。

「……君にとって、ディアーナ姫は台風だったのかい?」

「まあ、間違いではありませんね。クラインにはその名に相応しいのがもう一人いますが」

そうキールが気軽に答えを返した事に対して、レオニスは叱責するように名を叫んだ。

「キール!」

「新王陛下は御自身を『僕』と仰せられている上に、かの姫君の名を出されました」

と、キールはレオニスの叱責も気にせず、淡々とだが強い意志を感じさせる声で答えた。

その答えを聞いたアルムレディンは生真面目なレオニスの態度にも微笑みを向けた。

「キールは話が通じやすいね。その通りだよ。是非、ディアーナ姫の事を聞かせて欲しい」

「ですが……」

「では命じた方が良いかい?」

そう問いかけるアルムレディンの微笑みに潜む強い意志に気付いたレオニスは降参した。

「わかりました」

「有り難う、レオニス。僕もクラインに潜伏していた事もあるから噂は知っているが、それ以上でもそれ以下でもないからね」

 

 

 

アルムレディンがディアーナとの婚姻の意志を告げてから数カ月後、クラインに一通の内意を問う親書がダリスから送られてきた。

それに目を通したセイリオスはすぐにシオンを呼び出し、その書類をその場で読ませた。

その親書の内容を確認したシオンは、乱暴に放り投げてきたセイリオスに笑みを向けた。

「やーっぱり、言う通りだっただろ?」

今回送られてきたダリスからの親書にはアルムレディンの正式な求婚が書かれていた。

その様な反応は予測していたセイリオスは言葉で答えず、ただ睨むような視線を返した。

そして、同じ様に反応を予測していたシオンはいつもの軽い口調を崩さなかった。

「姫さんはダリスに嫁ぐはずだった。しかも今回は想い人だ。本懐を遂げられて、姫さんは感無量、ってところだろ。だから、お前は早く嫁さんを見つけて、即位するんだな」

「私の即位とディアーナの件は別だろう」

と、セイリオスはシオンの意図に気付かないようにとぼけた。

だが、真面目な表情になったシオンは、そのような答えを受け入れなかった。

「現王の病状はもはや回復する事がない。そして、今の王室にはお前と姫さんしかいない。姫さんが他国に嫁ぐなら、お前の子供が必要になる」

と言われたセイリオスは、シオンの意図に気付かないふりをして言い逃れようとした。

「……いくら急いでも、赤子が生まれるにも1年は必要だ。そして皇太子に即位できる年になるまでには……」

「今、必要なのは行動と結果だ。そして、姫さんの幸せだけあれば十分なんだろ?」

そうシオンに問い掛けられたセイリオスは沈黙を返す事しか出来なかった。

そのようなセイリオスの心境に気付かないふりをしたシオンはあくまでも選択を迫った。

「セイル、ダリスから正式な使者が来た今、考える事は『姫さんの幸せ』だけだろ?」

「……使者は丁重に。大事な国交の楔となるのだから」

と、セイリオスは短くも強い意志を込めた答えを返したので、シオンは再確認を促した。

「じゃあ、決めたんだな」

「ディアーナはダリスに嫁ぎ、私は王へと即位しよう」