ダリスの悪王との戦いは、多国籍からなる解放軍が有利に進めていた。
そして、その解放軍が新たな作戦を前に、ダリスの王子は兵士達を強く鼓舞した。
多国籍故に様々な思惑を持つ者が多かったが、ダリスの王子は上手く指揮をしていた。
その為にダリスの王子、アルムレディンを慕う者は自然と増えていた。
そして、クラインから派遣されたガゼルもその一人であった。
「なんか完璧だよな……」
そうアルムレディンの事を評するガゼルに、キールはいつも通りの冷めた反応を返した。
「……完璧な人間など、そうはいないぞ」
「いや、クラインの皇太子殿下もすげぇって思ってたけど、それ以上かも」
「なら、クラインからダリスヘと仕える先を変えるか?」
「それはない。ダリスには隊長がいないし」
そうガゼルは言い切った。
それは、戦争時の雰囲気に呑まれても、ガゼルが自分を見失ってはいない証拠だろう。
そう理解したキールは、ガゼルに対する評価を改めた。
「……お前の判断はわかりやすいな。で、どう報告する気だ? クラインの皇太子殿下以上に完璧かも、なんて返答をしようものならファイヤーボールを返されるぞ」
「えっ、なんでそんなコトになるんだよ!」
と、ガゼルは驚きの声を上げた。
しかし、それを予測していたキールは淡々と答えた。
「メイの眼鏡に適わなければ、あの姫と一緒に解放軍へ連れてくる事はないからな」
「……じゃあ、シルフィスも同じ考えなのか?」
「……そうだろうな」
「へへへへ、大敵登場だな」
そうガゼルは言いながらニヤニヤした笑みをキールに返した。
だが、その言葉も予測していたキールは溜息をつきながらも断言した。
「残念だが、お前の目論見は穴だらけだ。あの姫とお似合いだと思ったから認めた、それだけなのに、大敵になるか」
「そういうもんかなぁ……でもさぁ、メイの眼鏡に適ったなら、なんで俺達にダリスの次期王様のコトを報告しろって言うんだよ」
「……女の視点だけでなく、男の、騎士の、魔導師の、意見が知りたいんだろ」
「知ってどうするんだ?」
端的ながらも、的確な問いかけをするガゼルに対して、キールはいつもの口調で答えた。
「……メイの行動はハチャメチャだが、シオン様の眼鏡に適うくらいに頭は回るからな」
「じゃあ、クラインの皇太子殿下を説得させる為、か?」
「多分、そうだろうな。その前にシオン様とお前の隊長の眼鏡に適うかも重要だろうがな」
と、キールは相変わらず毒を含めた言葉を返したが、ガゼルは気にしなかった。
いや、ガゼルはキールの言葉に含まれる毒に気付かずに会話を続けていた。
「……メイって実は頭が良いのか?」
「お前のように単純に出来ていないだけだ。見た目と言動は似ているが」
「何だよ、それ!」
と、初めてガゼルがキールの毒に対して怒りを露わにした。
しかし、キールはその事を断ち切るように作戦位置につき、ガゼルにも指示をした。
「……もうすぐ戦場だ。今は作戦を完了する事だけを考えろ。でないと、お前が尊敬する隊長の顔に泥を塗る事になるぞ」
「……確かにそうだな。ダリスの卑怯な兵士達に正義の鉄槌を下してやるぜ!」
そうガゼルは言うと、作戦位置へと向かった。
そんなガゼルの素直さに対して、キールは呆れながらもポツリと呟いた。
「……本当に単純で助かるな」
「へ? なんか言ったか??」
「何でもない、魔法で援護してやるから一気に片をつけろ」
「りょ―かい!」
解放軍が新たな作戦で勝利した後、各国の主要人物達が報告の為に交代で帰国した。
それは勝利した作戦によって、解放軍がダリスの完全制圧に成功したからだ。
そして、それはクラインも同じく、シオンとレオニスがその任に就いた。
だがクラインは、ダリスの大樹を癒したディアーナの帰国の護衛任務も兼任した。
そして、ディアーナは帰国後、すぐにセイリオスと再会した。
「……お兄様……」
と、ディアーナは自分が選んだ選択を口に出来ず、ただセイリオスの名を口にした。
そんなディアーナに対して、セイリオスは兄として、微笑みと共に迎え入れた。
「……元気なお前の姿を見る事が出来たな……おかえり、ディアーナ」
「……でも、お兄様……」
そう言い募ろうとするディアーナに対して、セイリオスも言葉少なく抱きしめた。
「何も言うな。お前が無事なだけで私は……」
「……お兄様」
そうディアーナが答えたので、セイリオスは抱きしめていた腕を離してから告げた。
「まずは体を休めなさい。休息を取れる時に取るのも緊急時には必要な事だ」
「はいですわ」
ディアーナとの面会を済ませたセイリオスは、すぐにシオンとレオニスを呼び出した。
しかし、重要な戦況の途中報告を、心ここにあらずと言った風情で聞いていた。
そんなセイリオスの心境に対して、シオンはあえて気付かない振りをしていた。
「姫さんの大樹回復は魔導師よりも効果があるな。王子様から貰った指輪を研究する必要性があるかもしれないぜ。ただ、使い手を選ぶようなら、簡単にはいかないけど……」
と、シオンがセイリオスの態度に気付いても、応えない事にレオニスも気付いた。
なので、今度は共に控えていたレオニスが、強い口調でシオンの名を口にした。
「シオン殿」
「ん? 何だ、レオニス?」
さすがのシオンも、レオニスの殺気まじりの本気を感じさせる声には答えた。
なので、レオニスは感情を抑えながらシオンに問い掛けた。
「……殿下がお訊ねになっている事はそういう事ではないと思われるが?」
「……何のことだ? お前さんがわかっているなら、お前さんから報告すればいいだろ」
レオニスの殺気を回避する気はあっても、シオンはセイリオスへ答える気がなかった。
それがわかったレオニスは、あえて先にセイリオスの求める答えを口にした。
「アルムレディン殿は王の器に価する方で、友好を深める価値があるかと」
「……」
「また、ディアーナ姫への想いは、一点の曇りもない深い愛情だと思われます」
そうレオニスが答えるのを黙って聞いていたセイリオスは、再びシオンに問い掛けた。
「……シオンはどう思うんだ?」
「殿下並の器量良しだろうな。過去が問題でも、育ちを考えれば清い方だろ。嫁にするなら困るだろうけどさ」
と、シオンは相変わらずの口調ながら、セイリオスの問い掛けに対して答えた。
だから、セイリオスもシオンの答えを更に求めるように真剣に問い続けた。
「……お前はメイを袖にして、男を嫁にする気か?」
「なんだよ、ちょっとしたジョークだろ? まあ、王様になるなら良い王になると思うぜ」
「……王としての資質以外にも、問題があるだろう」
そう問いかけるセイリオスの本音を再確認したシオンは再び軽口で答えた。
「友好は深めておいて損はないと思うが、セイルにとっては藪蛇かもな」
「どういう意味だ?」
「そりゃあ、大事な妹姫が一番の敵の元で幸せになるかもしれないんだからさ」
「……ディアーナが幸せになれる相手なんだな?」
と、セイリオスは今にも命が断たれそうな悲壮さを感じさせる表情で真剣に訊ねた。
その切実さを理解したレオニスは沈黙を、シオンは先程までとは違う真剣な声で応えた。
「それは自分で確かめてみたらどうだ? 近々ダリスを平定した新王が即位後、初の外交先としてクラインを指名したからな」
「!」
「ま、そん時まで書類とにらめっこして、時間を作っておくことだな」
「……シオンらしかぬ、的確な進言だな」
そう答えたセイリオスは、いつもの冷静かつ余裕ある表情に戻った。
なので、今まで口を閉ざしていたレオニスが、シオンの進言を進めるように口を挿んだ。
「クラインでも被害や兵の事などで、書類が山積みになるかと思われます。まずは対面までお待ちになるのも必要かと」
「そうだな。まずは、お前達の眼鏡に適ったという事実だけを、認識しておこう」
ダリスの先王と多国籍の解放軍との戦争が終結してから数ヶ月後。
クラインを初外交先に選んだアルムレディンが予告通りに来訪を果たした。
そして、会談を終えたアルムレディンは、国王代理のセイリオスと食事を共にした。
「此度の恩をダリスは一生忘れません」
「今は夕食を共にしているのです。そのように畏まらないで頂けますか、ダリスの新王殿」
「有り難うございます、セイリオス殿下。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「敬語も使われる必要はありません。貴方は『王』であり、私は『皇太子』なのですから」
そうセイリオスが答えると、アルムレディンは誠実といえる笑顔で意表を突いた。
「ですが、未来の兄となる方には、いくら礼を尽くしても足りないかと」
「え?」
「正式な事は、もう少し国を平定してからと思っていますが、私の意志は私自身の口から直接、伝えたいと思うので」
と言われたセイリオスは、アルムレディンに返す言葉を失った。
その答えを予測していたアルムレディンはセイリオスに答えを促すように言い続けた。
「今は私一個人の望みとして、求婚を申し込んでいます。ですが、ダリスの大樹を癒した姫君への感謝の念を、ダリスの民は忘れません」
「……申し訳ありませんが、今はお返し出来る言葉がありません」
「それだけで十分です。有り難うございます、セイリオス殿下」