答える事が出来なかった。
怪しくも優しい人に。
そして、言われた事が嘘だとわかっていても。
「あなたを忘れます」
「あなたも忘れて下さい」
その言葉に含まれている意味がわかっても。
「ずっと見ていた」
「姫」
そうあなたは言ってくれたのに。
わたくしは……答えられなかった。
あの人と再会した翌年、わたくしが時間を稼ぐ為にダリスヘと嫁ぐ事になった。
初恋の王子様の名を知った時にそう告げられた。
それは『王女』として当たり前の現実だった。
だからわたくしは『王女』としてお兄様に笑顔で別れの挨拶をした。
シオンの軽口にも余裕を持って『王女』として応えた。
レオニスとアイシュの優しい言葉にも『王女』として応えた。
でも……
でも、わたくしは忘れられなかった。
初めて恋した王子様との夢が続く事を。
だから、わたくしはアルムレディン=レイノルド=ダリスの手を取ってしまった。
その事をわたくしは一生、後悔も忘れもしない。
その時に駆けつけてくれた親友たちの言葉も。
「アルムレディン王子でいらっしゃいますね?」
そうシルフィスに問いかけられた男とディアーナの体が硬直した。
しかし、男はすぐに片手でディアーナを抱いてから毅然と答えた。
だからシルフィスは、クラインがダリスに宣戦布告をした事を告げた。
近隣諸国を動かした大規模な派兵がある事も。
そして……アルムレディン王子を正当な王位継承者として支持する事を。
「……間に合ったかな、あたしたち」
そうあたしが言った時、ディアーナは今にも泣きそうなくらいに瞳を潤ませた。
そして、アルムレディン王子は言葉少なくも現状を受け入れようとした。
……初めてアルムレディン王子を見たが、ディアーナとはお似合いの美形だ。
殿下と声が似ているのは色々と気になるけど。
でも、きびきびと告げるシルフィスには、そんなことは関係ないみたい。
もちろん、あたしもシルフィスもディアーナの幸せを願っていたのは事実だけど。
だから、ちょっと甘く見ていたな、アルムレディン王子を。
「あちらの大樹も修復の必要がありますね。後ほど手配します」
そうシルフィスが告げると、アルムレディン王子はディアーナの手を取った。
「その必要はないかもしれないな」
「……え?」
そうシルフィスが異議を問いかけようとしたように、あたしも疑問を持った。
でも、アルムレディン王子はディアーナを大樹の元へと連れてから手を当てさせた。
すると、大樹が見る見るうちに甦っていった。
もちろん、修復の必要がない、とは言い難かったけど。
そして、あたし達はすぐにでも報告に戻る必要があった。
だけど、もう少しだけ2人の側にいたかった。
「……お似合いですね……」
「うん。ディアーナの目に狂いはないみたいね」
そうアタシがいつもの軽い調子で答えた。
だからシルフィスも、緊張していた面持ちからいつもの調子に戻った。
だけど、片手を顔に添えながら深く考え込んだシルフィスは、今後を考え始めた。
「アルムレディン王子は解放軍の本陣へ案内するとして……」
「ディアーナも同行させましょ?」
と、あたしは軽く答えた。
だから、シルフィスは予想通りに生真面目な答えを返した。
「ですが、解放軍でも姫の帰国を護衛する人員を割く事はまだ出来ませんよ?」
「クラインへの交代部隊を護衛がわりにすればいいでしょ。現状じゃあ、ディアーナを少数で帰国させるよりは安心できない?」
「確かに、解放軍にもクラインへ戻る必要がある部隊はいますね」
「……まあ、ぶっちゃけ、ディアーナにも、もう少し夢を見せてもイイでしょ?」
「そうですね。姫もしばらくは会話さえ難しいでしょうからね。結婚が出来る場合でも」
そうシルフィスは軽い私の言葉にも真面目に答えた。
それはシルフィスらしいと言えるんだけど、思わず苦笑いを返したくなる。
だから、あたしは素直な溜息をつきながら言葉を返した。
「相変わらず生真面目ね、シルフィス」
「メイが大雑把過ぎるんですよ」
そう答えたシルフィスは、漸く笑顔を見せた。
だから、あたしは単刀直入にあたし達における最優先課題を口にした。
「で、どう思う?」
「……アルムレディン王子の事ですか?」
と、シルフィスはあたしの意図を理解した上で問い返した。
「容姿とディアーナとの相性はOKだし、度胸も良いみたいだけど」
「そうですね……剣の腕前も相当でしょう。ここで賊に襲われても、簡単に回避できそうですし」
「ディアーナを守りながら、でも?」
「姫の守りは私にまかされて、ならば確実ですね。きっと」
そうシルフィスが答えたから、あたしは目前の安心を得るコトは出来た。
もちろん、肝心な事はまだまだ山積み。
それはあたし達だけで解決する事は困難だから、だけど。
だって、クラインとダリスの未来も関わっている訳だし。
「……あとは殿下並の政治手腕があるか、だけかな?」
「それはメイも期待するだけの片鱗は掴んでいるのでは?」
「まあね。ちょっとしか会話が出来てないけど、受け答えは殿下並だよ。声が似てるだけじゃなくてね」
「え……声が似ているんですか?」
と、シルフィスは今更な疑問を問い返してきた。
ほんと、シルフィスって天然っていうか、生真面目過ぎるというか。
そう思って、あたしは再び溜息と共に答えようとした。
「ホント、シルフィスは……って、あ、2人が戻ってきたよ」
「ごめんなさい、2人とも。わたくしも一緒に解放軍へ行っても良いかしら?」
そう言いながら、ディアーナはアルムレディン王子と共に戻ってきた。
そうやって立ち並ぶ姿は再会したての恋人というより新婚夫婦みたい。
でも、そんなラブラブな雰囲気の中でも、現在の状況を忘れているようではないみたい。
それをシルフィスも感じているのか、再び生真面目な口調で答えた。
「はい。姫はクラインへ戻る交代部隊とともに帰国して頂きます」
「……2人の心遣いにも感謝する。また、姫とは話す事も難しくなるからね」
と、答えたアルムレディン王子は、あたし達に対して軽く頭を下げた。
それは、王室生まれとは思えない礼だったけど、あたし達は笑顔を返した。
そして、あたし達の意図に気付かないディアーナは、首を傾げながら問い返してきた。
「どういう意味ですの?」
「これまでと同じように、君は僕を信じて待っていて欲しい、という意味だよ」
そうアルムレディン王子が意味深な笑みと共に答えた。
すると、その意図を読み取れたのか、ディアーナは満面の笑みで答えた。
「……わかりました。あなたが迎えに来てくれる日を待っていますわ」
「君がダリスヘお忍びで訪れる事がないくらいには、待たせはしないよ」
「まあ、いくらわたくしでも、ダリスヘお忍びで訪ねる事はしませんわ!」
と、ディアーナとアルムレディン王子は犬も食わぬ喧嘩をしようとした。
それを聞かされたあたしはなんとか止めようとした。
時間がないとか、この場所に長時間いるコトが、危険っていうのもある。
でも、一番の理由はあたしの理性の限界が迫っていたからだ。
だからあたしは、頭がクラクラするのを感じながらもなんとか止めた。
「まあまあ、話は尽きないとしても、時間はギリギリだからね。とりあえず本陣へ行こう」
「では、暫しの間も、僕の話にお付き合い願いますか、姫君?」
「もちろんですわ。王子様のお誘いを王女として断れませんもの」
そう言われたディアーナは、アルムレディン王子が差し出した手に自分の手を重ねた。
それから、2人は顔を見合わせると一緒に笑顔になった。
アツアツの新婚と言える2人に対して、あたしはシルフィスに正直な思いを告げた。
「……これから戦争だっていうのに、戦意喪失しそう」
「メイ、長年の約束がかなった幸せを共に祝う、という訳にはいきませんか?」
「ディアーナの幸せは、あたしも嬉しいけど……正直、2人のラブラブっぷりは耐えられる限界を超えているわ」
と、あたしはあくまでも真面目に答えようとするシルフィスにそう答えた。
すると、その気持ちを理解してくれたのか、シルフィスは無言の苦笑いを返してくれた。
『ろいやる・とらぶる』の設定と大きな齟齬がありますが、スルーをお願いします。
『ろいやる・とらぶる』前のストーリーを描く予定がなかったので……
これからも同じ事があるかと思いますが、生温かい目で見守って頂けると助かります。