ろいやる・とらぶる 第4話

ディアーナの護衛を終えたメイは、キールのラボへと向かった。

そのラボにある一室に居たシオンは、部屋へ入って来たメイに声を掛けた。

「おつかれさん」

「本当にそう思ってるなら、駒扱いはいい加減にしてよね」

と言うメイの苦情に、シオンはいつも通りの軽い調子で応えた。

「駒だなんて思っていないぜ? 人生のパートナーに協力を願っているだけだ」

「……協力って、か弱い女の子に王族の極秘の護衛なんてさせる、普通?」

シオンの軽口に対して、メイは仁王立ちになって答えた。

しかし、シオンはいつもの軽口を変える事なく答えた。

「か弱いって……そう言われたら、大抵の男は弱者になるだろ」

と言われたメイは、拍子抜けしたような表情で素直に問い返してしまった。

「なんで、そこで『女』じゃなくて『男』が基準になるのよ?」

「宮廷の筆頭魔導師でも防げない炎術の使い手で、チンピラを軽々と退治も出来る有能な魔導師だろ、俺の奥さんは」

そういうシオンの変わらぬ軽口に対して、メイは溜息を返した。

「……ほんと、あたしって人生の選択を誤ったみたいね」

「そんなコトはないぜ。俺様みたいなお買い得な旦那が居ると思うかい?」

と、シオンは自信満々でメイに問いかけた。

しかし、メイもその強気に劣らない断言を返した。

「いる」

「……そこであっさり肯定しないでくれよ」

初めて、シオンがメイに降伏するかの様にうつむいた。

しかし、メイは更にキツイ断言を返した。

「あんたは甘やかしたら、ダメだって教訓はいかすコトにしてるの」

「まったく……本当にイイ女だな、メイは」

「今更気がついたの?」

そうしれっと答えるメイに対して、シオンは少しだけ真面目な表情で問い掛けた。

「で、素敵な奥様でもあるメイ様、姫さんは王宮に戻ったのか?」

「うん。問題の夫人の嘘も理解したし、ダリスヘの帰還は保留みたい」

と、メイが答えたので、シオンは素直に感謝の言葉で応えた。

「サンキュー、助かったぜ」

「あんたの為じゃないよ、ディアーナの為なんだから。勘違いしないでよ?」

「まあ、誤解を解く為に今回は中立だったんだろ? 読みが当たってよかったな」

そう言われたメイは、シオンに対する嫌味も込めて、自身の想いを吐いた。

「ダリスの王様とも何度か直接話してるし、ディアーナから聞かされているコトから浮気なんてしそうにない人物だと思ったからね。幼少時の思い出を共に大切にしてたって……誰かさんに爪の垢を飲ませたいくらい一途よね、あの二人は」

「……」

と、シオンが予想通りに沈黙を返したので、メイはニヤリと笑ってから問い掛けた。

「沈黙を返すって事は無言の肯定?」

「今度の休みにはあの紅茶を飲ませてやる」

再び降伏したシオンに対して、メイは言われた言葉へ素直に反応した。

「え? それって本当?? やったー! あの紅茶って貴重な上に美味しいのよね!!」

「……色気より食い気か……嬢ちゃんらしいというか……」

そうシオンがぼやきながらため息を吐いた。

しかし、ぼやきが聞こえなかったメイは、上機嫌でシオンの溜息の意味を問い掛けた。

「ん? 何か言った、シオン」

「いーや、何でもない。それよりもこっちの方はこれからだぜ」

と言うシオンは、常の軽口とは違う、真面目な表情と声音だった。

なので、メイも真面目な表情で答えた。

「うちの王様も、ダリスの王様も、ディアーナには並ならぬ想いがあるからねぇ……」

「傾国の美女って言葉が合うようになってきたからな姫さんも」

そう言うシオンに対して、メイは当然という答えを返した。

「好きな人と一緒になれたんだもん、当然でしょ。それに、ディアーナは元もいいから」

「それはそうだが、っと、こんな雑談をしてる場合じゃないぜ」

と、雑談になりかけた会話を、シオンは再び真面目な声で止めた。

だからメイも、シオンの用意した監視装置を覗き込んだ。

「あの二人だけを一緒にしたからには監視体制はOKなんでしょ?」

「そりゃ当り前だろ。さて、そろそろオシゴトに戻るか」

 

 

 

一方、監視されているアルムとセイルの間には、緊迫した空気が漂っていた。

戦場で剣を持って対峙する様な緊迫感ではない。

また、互いの国の為に交わす『外交』とも違っていた。

ただ、互いの『おもい』の強さを、言葉を持って対峙する。

その均衡を破ったのはアルムの告白だった。

「僕も願っていたんです。彼女の幸せを。でも、諦められなかった……」

そうアルムが言うのを、セイルはただ黙って聞いていた。

セイル自身の想いと重なる思い。

それ以上にわからない自身のディアーナへの想いが、セイルを無言にさせた。

「部下や仲間達がいさめる事が正しいと理性では理解していたのに……ダメだった」

まるで血は吐くようにアルムは告白をした。

だから、セイルはただ名を呼ぶ事しか出来なかった。

「アルムレディン殿……」

「彼女は出逢った時から変わらずに優しいのに、僕は変わってしまったのに」

そうアルムが言った時、初めてセイルが応えを口にした。

「……ディアーナはそんな変化に惑わされない真実の目を持っていた、でしょう?」

と、セイルが応えたので、アルムは小さな笑みを口元に浮かべた。

「彼女は本物の姫君ですね」

「ええ。私の自慢の妹です」

そうセイルが断言した時、初めてアルムが厳しい表情で問い掛けた。

「ですが、少々優しさが有り過ぎるようですね?」

「……ディアーナにはダリスへ戻る様に言い聞かせたのですが……」

と、セイルはディアーナの里帰りに対して、あくまでも『王』としての答えようとした。

しかし、アルムはきっぱりとセイルに断言をした。

「今回のきっかけの失態は僕の責任です。それはセイリオス殿が気にする事ではありません」

「……」

「ですが、彼女を幸せにする事を、幸せを与える事を許して頂きたい」

そう言われたセイルはアルムの意図がわらず、戸惑いながらも『事実』を口にした。

「ディアーナは君の『姫』だ。君がディアーナの『王子様』であったように」

「では、認めて下さるのですね?」

そこまで言われたセイルは、アルムの意図に気付いた。

いや、自分でもわからなかったディアーナへの想いに気付いてしまった。

「……認めたつもりだった……しかし、私にとって『ディアーナ』は特別なのです」

「……彼女ほどの姫君はそういないし、あなたほど妹想いの兄もいないでしょう。ですが、僕はディアーナを愛しているし、愛されている自信もあります。だから、認めて下さい」

そうアルムに告げられたセイルは素直に心境を吐露した。

「……私の想いも見透かされたのですね。迷いは己の内だけだと思っていたのですが」

「……迷い、ですか。あなたの心の内はわかりませんが、それでもわかることはあります」

「……」

「ディアーナ姫を迷わせているのは彼女自身ではなく、あなただと」

と、アルムが言った時、セイルは驚きから目を見開いた。

「!」

そんなセイルを予想していたアルムはあえて淡々と告げた。

「彼女は優しい人ですが、同時に賢さも兼ね備えています。なのに、里帰りを希望したのは……あなたが彼女を必要としていたから、ではないですか?」

「……そうですね。ディアーナの子を後継者に、と考えたのもその所為かもしれません」

そうセイルが、再び素直な心境を吐露したので、アルムも素直な想いを吐露した。

「……一生の絆とも言える兄妹であるあなたがうらやましい」

「……ディアーナを妻にして夫婦となれた君がうらやましい」

そう言ったセイルは、アルムに対して『王』としての答えも返した。

「安心して下さい、ダリス王。ディアーナはダリスヘ帰らせます」

「有り難うございます、クライン王」

と、アルムも再び『王』として、セイルに返礼をした。

 

 

 

アルムがダリスヘの帰途についた頃、セイルも王宮に戻った。

そして、ディアーナはセイルの私室で出迎えた。

「アルムとのお話は終わりましたの?」

そう問われたセイルは、アルムに言われた言葉を思い出し、返す言葉を失った。

「……」

「お兄様?」

セイルの心境がわからないディアーナは、短く問い続けた。

そして、そう呼ばれる幸せを再確認したセイルは、素直に心境を吐露した。

「私は幸せ者だな」

「え?」

「こんなに私の事を案じてくれる妹が居るのだから」

「お兄様……」

セイルの心境を少しは察する事の出来たディアーナは、その想い故に返す言葉を失った。

そんなディアーナに対して、セイルは己の心境を素直に吐露した。

「私が妻を求めず、お前の子に後を継いで欲しいと思ったのは、私の血を王家に残さない為だ。お前がクライン王家に縛られる必要はないんだよ」

と言う、セイルの言葉に偽りがない事は、ディアーナにもわかった。

それ故に、イーリスの言葉を思い返したディアーナは、確信を込めて再び問い掛けた。

「……本当にお兄様はそれで良いんですの?」

「ああ。私自身が望んで今の地位と立場を手に入れた。それ以上でもそれ以下でもない」

ここまでセイルの断言を聞かされたディアーナは『思い』を切り替えた。

そして、セイルに対して『他国へ嫁いだ王妃』として応えた。

「わかりましたわ、クライン王。里帰りを許して頂き有り難うございました」

「……」

「これからはダリスの王妃として、ダリスとクラインの繁栄の為に身を尽くす所存です」

そうディアーナが『王妃』として答えたことに対して、セイルも『王』として応えた。

「そうなる事を願っています」

「有り難うございます……さよなら、お兄様」

そう言ったディアーナは、静かにセイルの私室から退室した。